





伊藤彩沙 写真集 アヤサージュ3,960円
我々が古来から有する繊細で美しい日本的情緒





Lilas【DMM限定アザーカット付き版】
3,850円
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背景は屏風 和風の撮影

Surrounded with silence その時、静寂に包まれて・・
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このページに載せている画像は、いつか機会があれば展示会で、または、雑誌などで掲載したと考えてます。 こうして、公開している画像は”2番目の画像”で、”1番目の画像”は公開するための画像としてストックしてありますが。

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網を使った撮影

Be Loved ….
撮影をしていると、いろいろな体験をする。 この人は、愛されている・・と。 この”愛されている・・”と感じるのは、誰からとか、いうのではなく、直感的にそう感じること。
今回初めての撮影なので、プライベートなことはほとんど聞きませんし、知りませんから、ただ、そんな感じがするだけで・・それも、堂々と愛されているように感じる‥不思議な体験をしました。
これまで、何人かのフォトグラファーから撮られているらしいが、「彼らに撮りにくい・・」と言われたということ。 「なるほど・・」と僕も思った。 ここに載せている画像を見ると、(自分で言うのもおこがましいが)見事に作品になっていると思える。
最初に彼女に伝えたことは「カメラを見ないようにしよう」といったこともあって、この画像は例外としても、他のほとんどの画像でカメラを見ていない。

本題に戻そう・・なぜ、撮りにくいと感じるのか。 彼女の動作の中で”絵になる瞬間”を捉まえることが難しい。 フォトグラファーの予期せぬ動きをするからなのか、この撮影も、ほとんど途中でとめるような撮影していない。 彼女の流れに合わせながら、シャッターにはタイムラグがあるので、いつも通り、フライング気味にシャッターを切っていく。

初めての撮影の場合、撮影に入る前に色々と会話する。 いきなり、撮影に入ることはない。
撮影前には、年齢的なこと、体の部分に色々とコンプレックスがあることなど・・。 僕の解答(見解)は簡単で、それもこれも全て含めて”あなた”です。 そのあなたを撮るんです。 それと、歳を重ねてきたことを絵にしましょう。 ・・そう伝えました。
この人は、モデルをしようと決めた時から、そろそろ2年になるらしい。 今、あるていど歳を重ねた女性がフォトモデルをしてみようと思うことは珍しいことではなくなってきている・・そう感じる。 ここに”貴重な原石”を発掘したような気がしてます。

そもそも、今回の撮影では、バストトップとアンダーが写るような撮影はしても、その画像はアップしないといと約束でしたが、プレビュー画面を確認しながら、{美しく撮れていれば、全てOK」ということに変更になりました。

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その時、静寂に包まれて・・
3,850円

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今、10億円、天から降ってきたら・・
とりあえず、仕事に区切りを付けて、好きなような生き方に切り替えるね
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ホテルはあまり好きじゃないので、レントハウスを借りて、
そこに1月くらいは住みたいんです。
国内では、夏場に北海道、冬場には沖縄。
京都と広島には家を借りて、季節の良い時に一月くらいは住んでいたい。
お会いしたい人にもゆっくりお会いできるし。
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海外にも一月単位で移り住みたい。
ノルウェーは寒そうだから、1週間くらいで切り上げて、
アムステルダム、パリ、南仏、バレンシア、イタリアの何処か・・
散歩してると楽しかったし
ギリシャやイスタンブールに行きたいけど、
紛争地と近いので、落ち着かないからね、
だからといって、スイスとかベルギーとか、
整備された治安の良いところはすぐ飽きそうだし・・
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ニューヨークにも住んでみたい、裏通り歩き回ったら面白そうだし
ロスも楽しそう、アナハイムで大谷の野球観たり、
スぺイン系の人たちも多く、そこそこ治安も悪そうだから、
退屈しないような気がする。
メキシコやキューバにも行ってみたい、街路でもいい写真撮れそうだし、
南米でも暮らしてみたい・・
アフリカは大野真司さんに任せるとして、
日本に居るのは1年のうちの花粉の飛ばない秋くらいにしとこう。
Be tied : 目隠しをしながらの撮影

私はアルコールが飲めない。 好きなのだが、体がアルコールを分解できないので、ワイングラス一杯で3日間は動悸は続く。 だから、飲みたいのだが飲めないのだ。 アルコールが飲めたら、人生、2倍は楽しめたと思う。 飲めたら、止まらないので、今、この世の人でないかもしれないが・・。

こうして写真を載せてみるが、物理的データとしては誰にでも同様に見えているはず。 ところが、情緒を通して観ているのと、そうではないのとでは、月とすっぽんほどの違いがある。 視覚アートに関する情緒というものは、ある一定の人たちだけにしか持ち合わせないような気がする。 程度の差もあるのだろうが、殆どない者から、かなり豊かな者までいることは事実である。

文字に変換して世界観を語る「文学」は別にして、音楽と視覚アートに関して普段から思うことを率直に書いてみる・・ YouTubeを見ていると、テレビや新聞などでは得られない情報や知識が得られる。 ホリエモンに関しては、社会的・経済的視点が斬新で感性豊かで発想の意外性はご存じのとおりである。 最近盛んに顔を出すようになったのが、数学の天才で数量学者でもある高橋洋一。 元大蔵・財務官僚で、内閣官房参与をしていたこともあり、政界・経済界へ精通している。 様々な政治経済・社会問題に至るまで、”正論”を言い放っている。 解剖学を専門としている養老孟司先生の公演ビデオは素晴らしい。 世間一般人とは全く違う視点で(自然を)見ることを説いている。
ホリエモン、高橋洋一、 養老孟司 先生。 彼らは非常に頭が良く、異常なほどに好奇心が強い。 当然のごとく教養豊かで話が面白い。 それぞれの分野で飛び切りの感性を有しているのだろうが、情緒レベルは普通の人と思われる。 優秀であることと情緒豊かであることの間には相関関係がないのだろう。


アルコールが飲めない話に戻しますが、飲めれば人生を2倍楽しめたように、感性が研ぎ澄まされ情緒豊かな人は(同じ画像データを前にして)2倍、いやそれ以上楽しめるのだろうと思う。 単なる性的好奇心で終わってしまうことが、視覚的、知的好奇心に至る世界まで(自らを)導いていくことですから、これ以上の”贅沢”はないわけです。

性的好奇心では終わらせず、視覚的、知的好奇心まで観る者を”引きずり込む”のは、それなりの”心得”が必要になります。 この撮影をして、編集してこうして載せていく過程を紹介してみましょう・・ とはいえ、これから書くことは自己満足の類であり、私のやり方ですので、感性を同じくする人たちには参考になるかもしれません。

世の中にはヌード画像は溢れてますし、このブログでも溢れてますが、そんな中で、(スルーされることなく)目を留めさせることはそれなりの心得は当然のようにあります。

上の画像に関しては・・・見た瞬間、Y字部分に目が行くでしょうが、それには”布石”がありまして、左上に(無意識のうちに)眼に入るバストトップの存在があります。 この二か所のバランスの中に画像の構図があります。 そのバランスの中に、下腹部から太ももにかけての豊満な肉感に満足するわけです。 ここから先が大切で、右上の真っ黒で見えない世界へ、自らの勝手な想像(ストーリー)は始まります。 この画像は完ぺきではありません。 豊満な肉体はありますが、人物の表情がありません。 その不足を捜しに下の画像へとスクロールしていくわけです。 いつの間にやら、この画像から離れ、解放され、フェードアウトしていくことになります。

私がしていることは、不完全・未完成な画像を提示しているだけで、この画像をどう見るかは、観る者に任せている・委ねているわけです。




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Kimiko SNSに上げられない画像ばかり

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このモデルさんの場合、私が初めて彼女のヌードを撮ることになった。 10年前くらいだったか、FBに若い人たちがたくさん登録していた時。 どのような縁だったかは思い出せないが、いつしか、「友達」になっていた。 私が、彼女のプロフの写真を見る機会があって、当時の僕はモデルを捜してまして、彼女にモデルになってもらえないか?というメッセを送りました。 当時は、彼女は名古屋住まいだったので、東京までの交通費と若干のモデルフィーは用意するから・・という内容で。

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当時の私は、ヌードばかりを撮ってましたから、彼女の方もヌードでのオファーなのだということを了解していたと思われます。 バレエの経験を積んでいたこともあり、人前でレオタード姿になることには抵抗はないとは思いますが、ヌードであれば別問題であることは当然ですが、快く全裸での撮影をOKしてしてくださいました。 もちろん、全裸での撮影は、彼女にとっては初めてのことでした。

快くヌードでの撮影を受けてくれたのも、僕が既にFBではある程度知られて存在だったからです。 だから、安心してモデルになれること、それまでの表現の延長として、モデルになることに興味があったのかもしれません。

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それ以後、数回目の撮影で撮れた写真が、フランスのキュレイターの目に留まり、イスタンブールでの(僕の初めての)展示会へ繋がっていったわけです。 彼女がいなければ”私のデビュー”もなかったかもしれません。 互いにこの上なく素晴らしい出会いになったことは確かですが、彼女にとってはモデルとしてのステージが上がったこともあって、プライド(意識)があがり、私は私で写真家としての立ち位置も定着しつつあり、撮影に関して、スムーズさを欠くようになりました。 「作品撮り」に関しての互いの意識の違いが浮き彫りになった次第です。
書きにくいことを敢えて書きますが・・モデルとしてのステージが上がれば、他の写真家からはそれ相応のモデルフィーを頂いての撮影となり、私に関しては、それなりの撮影料を頂いての撮影も増えていき、「相互に無償の撮影」が成り立ちにくくなります。 ・・撮影料を頂いての撮影では、世間的にはかなり知られている女性も多く、このブログでは展示できませんが。



アート感覚を有する人たち

このモデルさんは、バレエの素養があるので、ポージングには慣れているわけですが。 これらの画像をよく見ていると、手足の指先まで意識が行き届いていることです。 これは、あるレベル以上に体で表現することを学んだ者だけが出来ることと思います。 これから、モデルをしようと思う方がいるなら、大切なのは体の体幹への意識ではなく、むしろ、手足の指先に意識をもって行けば、アート的には魅力あるポージングに繋がると思ってよいでしょう。

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なぜ、体幹でなく指先なのか?と言えば、体幹を意識したポージングは既成のありきたりのポージングになりがちであり、そのモデルの個性さえも奪ってしまうようなことにもなります。 私は、撮影においてはそのモデルらしさを撮りに行ってるのであり、お決まりの姿を撮ろうとは思わないのです。














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彼女にとっては初めてのヌード