人は、どこかに戻ろうとするとき、「もとに」という言葉をそっと胸の内につぶやく。
たとえば旅先で、ふと家の匂いを思い出すとき。学生時代の友人に再会して、昔の口ぐせが自然と出てしまうとき。自分を取り戻したいと思った瞬間にも、私たちは「もとに」帰りたくなる。
それは必ずしも、具体的な場所ではない。時間だったり、人だったり、あるいは声や手触り、ひとつの感情であることもある。
かつて私は、季節の変わり目にだけ会う祖母の庭の金木犀の香りを、ある秋の日に都会の路地でふと感じ、涙がにじんだことがある。香りが導いたのは「もとに」あった、幼い頃の記憶、祖母の声、手を引かれて歩いた道、何も知らずに笑っていた自分だった。
「もとに戻る」という行為は、決して後ろ向きではない。むしろ、その人の根っこを確認し、自分の現在地を見直す行為だ。大切なものが何かを見失いそうなとき、過去の自分に手を伸ばすことがある。それは、未来に進むために必要な小さな儀式なのかもしれない。
人は一生のうちに、何度でも「もとに」帰る。自分を確かめ、あたたかさを思い出し、再び歩き出すために。
「あなたはどこに戻る?」と聞かれたら
ちょっと恥ずかしいが
「ここに」戻るというのが、正直なところ。

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