美術&フォトモデル 

Anri Mone :日本の美術モデル&フォトモデル  上の作品は2020年8月に撮影したものであり、最新作となっている。 (僕が撮った)彼女の代表作ともなっている。 下の画像を観ると、18歳未満の少女を撮っているようにも見えるが、モデルは20歳を過ぎた立派な大人です。 アクセス解析で「利用者」を確認すると、日本からよりも海外から見ている方がずっと多いので、敢えて、このような「断り」を入れときます。 カテゴリーは「美術&フォトモデル」となっているが、Anri Mone 作品集である。

これから、写真を始めようとする方々へ・・

写真には大分けすると、「商用写真」とアートとしての「作品撮り」というのがあって、全く別の物とも言えるし、ファッションなどの分野においてはそんなに変わらないこともある。 簡単に言えば、商用写真にはクライアントがいて、そのクライアントの意向・リクエストを満たしていないといけない・・この場合は、とにかく上手でないといけない)。 方や、作品撮りの場合はあくまでも「自己表現」なのだから、自分の世界観を創っていかないといけない。 どちらが難しいか?ということになると、日本のレベルは良く知りませんが、海外へ出れば、どちらもむちゃくちゃレベルは高い。 

私は商業写真家ではないので、展示会などへ出るための「作品撮り」について大切なことを記したいと思います。 

技術的に上手いというのは、学べばできることであり、経験値を上げればそれなりに腕は良くなると思います(センスが良いかどうかは別問題ですが)。 ところが、作品撮りにおいては上手いか下手か?ということじゃなく、良いかどうでも良いか?という世界であり、展示会などでは観る者の足を止められるかどうか?ということです。 音楽であれば伝わる音楽じゃないと意味がないように、ビジュアルアートの世界では観る者を魅了するような作品でなくてはなりません。 

では、どんな作品が観る者を魅了するのか? 展示会で観覧者の足を止められるか? と言えば・・ (可愛いでしょ、寂しいでしょ、悲しいでしょとか、、、他人の目を意識して)媚びてないこと。 表現する世界ではこの「媚びてること」が最低なことなのです。 カラオケで、プロ気取りにビブラ~ト効かせた喉を震わせて聴かせようとするオッサンがいるでしょ、あれと同じなんです。そこに居合わせたくないでしょ。 上手く見せようとする意識自体が作品をダメにします。 この国では通用するかもしれませんが、パクリもダメです。 海外では通用しません(彼の地のキュレイターや批評家は、ネットなどで世界中の作品を網羅してます)。 だから、「世界で一つしかない個性」でないと大きな舞台では通用しません。 ちなみに、魅了するものであれば”個性”ですが、そうでないなら、単なる”癖”です。 

「世界で一つしかない個性」というと、ほとんど不可能なことじゃないか・・と思われるかもしれませんが、可能性は無限にあります。 皆が同じ面を同じ方向から見ているから、やり尽くされているように感じるのです。 面でなく奥行きのある立体と捉えると良いです。 今の立ち位置を横に少しずらして見てください。 そこから見える世界は隙間だらけで無限の可能性が見えてくるはずです、また、感じられるはずです。 自分の普段の立ち位置を少しだけ横にスライドしてみるだけでよいのです。

ところで、「スライドさせる」ことは、言葉で言えば簡単ですが、実際にはどうするのか?とても難しいことと思います。 例えば、自然でも人物でも、一番魅せられる部分だけをヒューチャリングして、アングルなど考えずに撮ってみましょう。 そして、トリミングする際は、トリミング枠を周囲から狭めていくのではなく、中から広げるようにトリミングしてください。 今までとは全く違った写真になるはずです。 ですから、アングルとトリミングに関する心得を変えるだけでも、全く違った結果が得られます。 

既成概念を外していきましょう・・ そもそも、アングル自体が既成概念なのですから、そのアングルの中くらいは既成概念を無くしましょう。 (無限に広がる写真というものは出来ませんから、仕方なく長方形のアングルの中で作品を収めようとするのです)。 自分が魅了される対象を魅了される位置から捉えることです。 その際も、決して上手に撮ろうなどと思わないことです。 

撮影という「行動の本質」を探るには、男性が女性と恋愛することに例えると分かりやすいです・・ 男性が女性をイメージすることの基になるのは、多分に母親のイメージですね。 初めての恋愛では、母親と全く違う女性を見るわけですね(親子関係でなく、恋愛ですからね)。 そのギャップに恐れおののき、女性を苦手になる男性もいれば、ますます好奇心旺盛となる男性もいます。 多くの男性は、最初に付き合った女性のイメージ(女性とはこういうものだ・・)と思い込んで、引きずって、次の女性とも付き合おうとするのですが、ほとんどの場合、最初の経験は通用しないわけです(相手が変われば、全てが変わりますから、痛い想いもするわけです)。 場数を踏んで経験値を上げ、前知識を増やすことは大切なことですが、それだけでは、肝心なことが落ちてます・・同じ条件で同じ場面というのは二つとありません。 撮影する際はいつも初心に帰ること・・恋はいつでも初舞台です。 表現の世界においての”慣れ”は、時として最悪な結果を生みます。

商用写真は、多くの人が見るので特に個性的な画像である必要はないが、多くの人から良い写真と見える(分かりやすい)ことが必須となる。 ところが、作品撮りであれば、多くの人から認められるような写真である必要はなく、100人に1人でも自分の写真が凄く良い!と思う人がいれば十分という世界。 ですから、このブログを観て、(僕は)1000人に1人が素晴らしい!と思ってもらえれば、それだけで十分満足できる。 真に良い作品は万人には受けませんから。 また、もう一つの言い方をすれば、商用写真はその時々にキャッチーであればよいわけで、「作品」として後に残るのでもない・・消費文化なのですね。 その意味では、「作品」は長く残るものにしたい。

展示会へ出展するための画像・・その展示会の在り方にもよるので、分類してみると・・作品を一枚出すのであれば考える必要はないが、複数枚展示するのであれば、あれやこれやと出すのではなく、纏まりが必要。 どういう纏まりか?というと、例えば、5枚で一つの作品になっていること。また、一連の画像が一つのストーリー性があること。 セレクトの難しさがありますね、自分のベストの作品を5枚並べればよいということにはなりません・・観ていて、ちぐはぐになり、それぞれの作品の良さが伝わってきません。

上の二枚の画像は、僕のベスト作品集に入る。 シンプルさが際立っている。ただし、アングルは僕特有のへんてこりんな切り方で、他のフォトグラファーから見れば、非常識ということは承知している。

僕の作品撮りのスタンス・・作品(画像)はアートそのもので在りたい。 絵画で言えば、後期のピカソのような作品でありたい。 ピカソに詳しい方は知っていると思いますが、晩年の作品には「ストーリー性」はありません。 私も、アートそのものでありたいと思うことから、出来る限り、ストーリー性は排除したいと考えてます。 ちなみに、「写真」の世界では、「ストーリー性」は大きなテーマでもありますし、それがないものは写真として意味を持たないと考える人たちさえいます。 

テーマは「花魁」 複数のフォトモデルさんに花魁を演じてもらっていますが、そこでは様々な花魁が出来上がる。 「花魁」をどうとらえるか、あるモデルにとっては花魁に成り切ることによって、また、あるモデルによっては、ヌードアートの一つの在り方として演じているのか、私が「コメント」することは難しい。 ご覧になる方が、どのように観るか、お任せするしかない。 

上の右側の花魁の衣装は、古着屋で10万で購入した。 原価は250万するらしいが、映像関係の不況もあり、かなり状態の良いものを安価で購入できたと思っている。 桂、屏風、衣装などはすべて本物を使っているが、小物類などは本物だと高くて手が出がないので、安価なもので我慢している。

江戸時代と現在では平均寿命も成熟度もかなり違うので、年齢で比較することは難しい。 当時は、花魁の周囲の雑用をするために貧しい農家などから買われてくるのは10歳前後の女子で、13,14歳位からデビューしたと言われている。 芸事を学びながら教養を高めることが人気のある花魁になるための修行であると考えられていた。 現在の「義務教育」が始められたのが明治初期であるが、日本とイギリスがほぼ同時期であり、世界で最も早かったと言われている。 江戸時代の遊女の世界であっても、教養と芸があることが最も大切であると考えられていたことは、古来からの日本文化の豊かさを妙実に物語っている。 花魁を単に「性の奴隷」と考えるのは見当違いであることが頷ける。 

 

上の画像のようなポーズをとるモデルさんとはどんな女性なのだろう? と、想像される方は多いと思いますが、彼女の性癖、趣味、嗜好などは撮影中、話題にすることはないので、ご想像にお任せするしかない。 ・・どちらにしても、アート系の人は変態ばかりなので、何があろうが驚くに値しない。 

アートの世界では、「文化的」と「変態的」とはほぼ同義であり、「普通に健康的な人」と「動物的な人」もほぼ同義と考えている。 性的好奇心ばかりが旺盛な人は、より動物的であり、健康な人なのだろうが、残念ながらアートの世界では「野暮な人」になってしまう。 性的好奇心を超えた向こう側の世界を想像・創造できる人こそが文化的であり、概して”変態的”なのです。 変態と言っても、多種多様ありまして、聴いてびっくり、見てどっきり、知ってまさか!・・の世界です。 変態な人は概して自分が変態であることを自覚してますが、たまには、自覚してない人もいる。 アート(芸術)関係の人は、僕の知る限りでは変態ばかりで、普通なのは僕くらいです。

布などを羽織ったのもから、絵画を背景にしたもの、など。

薄く色彩の入ったものからモノクロームまで、全てヌード作品となっている。 立ちポーズや寝ポーズはほとんどなく、テーブルの高さ程度に乗った状態で撮影されている。 

造形美を撮ろうとするなら、写真家は視覚的好奇心全開で、瞬時に位置を変えながら撮りまくればよいと思う。 この場合の心得はただ一つ、ポーズを止めた瞬間にシャッターが落ちるようにすること(モデルがポージングするリズムに合わせながら、フライイング気味にシャッターを切っていく)。 良くない例は、「そこで止めて!」と写真家が声をかけ、止まった状態でシャッターを切ること(人の体は、止めた瞬間は筋肉・腱などに張りがあるが、3秒後には弛んでしまい、作品は”死んで”しまう)。 何でもないことなのですが、造形美・視覚的美を追求するなら、このことだけは心に留めておきたい。

モデルがポージングするということは、頭のてっぺんから指の先まで(モデルの)意識が行き渡っていないといけない(全身で絵にしないといけない)。 このような意識は、ダンサーや舞踊家は習慣付けられており、苦も無くやってのけるが、全身をトータルで魅せることをやったことのないモデル(被写体)はそうはいかない。 どこかが弛んだり遊んだりしてしまう。

確かに、ハイレベルなダンサーや舞踊家は絵にしやすい。 だからといって、作品にしやすいか?というと必ずしもそうではない。 ”仏作って魂入れず”みたいなことが起こってくる。 視覚的美を追求するならそれでよいが、知的好奇心を(観る者に創造させ)思い起こさせるような作品にするには不十分である(ポージングの良さだけでは、魂は感じられない)。 アートである限り、最後は心意気(魂)で勝負することが望ましい。

ところで、トータルで全身を魅せる心得のないモデルの場合、作品にするまでに時間がかかる。 才能(センス)があるモデルなら、シャッターの切れるポジションを心得るようになり、どんどん絵になり始める。 ポージングに関する既成概念がない分、より個性的かつ独創的になり、素晴らしいアート作品へ結びつく。 このブログで特集する「モデル・被写体」は後者の例ばかりで、それまでに全身を魅せる心得のないモデルばかりである、偶然かもしれないが。

私が過去に撮影したモデルの中では、体のバランスが素晴らしく良い。 上の画像でも分かる通り、あばら骨がうっすら写り込み、リアリティーのある作品となる。 僕の撮影画像では、顔の部分を載せないことがあるのですが、それには理由があって、顔は多くを物語るので、造形美を見せようとすれば邪魔になってしまうこともあるからです。 

モデルと写真家の相性・・・最近、やっと相性が良くなってきたいうのが”本音”ですかね。 彼女は「自然体」であろうとしていたようで、僕の側は「ある種の意志」を持った作品にしたいと思ってきたからだろうか。 実際のところ、彼女が僕に合わせるようになったのか、僕が彼女に近づいたのか、両者が落としどころを見つけたのか・・は分からない。 結果、良い作品がどんどん出来上がってきているので、それでよいのかと思う。

「自然である」ことの定義付け・・西洋と日本の違い。 西洋では、自然は無秩序なものであるから、人間が秩序立てるという考え方をする。 風景画を描くにあたっても、山や木々、海や川などを在りのまま描こうとはしない。 自然までをも(人様が)秩序立てるという考えが(根底に)存在する。 方や、日本においては、自然自体が尊く美しいものであるから、自然の在りのままを描写しようとしてきた。 意識の根底には、人は自然の一部であり、人さまが介入する余地はないと考えるからなのだろう。 西洋では人間様が最も尊く、自然は時として驚異であり、決して有難いのでものではなく、いかにして自然をコントロール下に治めるか?と考えるようだ。 日本では、自然と人間には分け隔てもなく、優劣なども存在しなかったと思われる。 アートの世界においても、”このような認識”を心得ていないと、真の理解は得られないかもしれない。 

21世紀に至っては、これまでの「自然観」は西洋でも東洋でも変異しつつあり、文化のフローバル化が進み、相互にかなり近いづいた感がある。 ・・というより、東洋的自然観が時代の潮流になってきたようだ。 環境汚染が続き、自然をコントロール下に治めようなどとする”思い上がり”には、終止符を打たないとならないと考えるようになったのだろう。 

プライベートフォト撮影「記念撮影」 「自分の裸が作品になる喜び」

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