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ギャラリー
杉原千畝
尾崎紀世彦
尾崎紀世彦
私はこの人の歌がとっても好きで、湘南出身の人らしいのですが・・・
ウェスタン・カーニバルというのがあって、1968年位でしたかね、この人を知ったのはその時で、まだ売れてないときでしたね。 「また会う日まで」というのがその4年後くらいでしたかね、突然ヒットして一躍スターになったのですが。
その後、住まいが近くということもあって、行きつけの店でたまにお会いする機会があって、いつも自然体で好印象でした。 プライベートでは無器用そうな印象があって、それも、マイペースを通したような人でした。 数年前に突然亡くなられたのですが、その数日前に近くのスパーで買い物する姿を目にしたのが最後でした。
なぜ、その歌を歌うのか?と聞かれても、周りから歌うように勧められたから・・というように応えてました。 だから、オリジナルというのはなくて、全てカバーだったような気がします。 フレージングがその時々で違っていて、目いっぱい‥というタイプではなく、常に余裕がありました。
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「出会い」というのはとても大切で、その人に出会うことで人生の流れが変わってしまうこともある。 この人(モデル)に出会うことで、”真っすぐ生きる”ことを知った気がした。
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心の枠を広げる・・
「心の枠を広げる・・」
世界観が人間関係の中だけになっているのであれば、その時点でその人はほとんど病んでることになります。 恋愛とか友人のこととか、夫婦関係とか、親子問題とか、社内の上下関係の中のトラブルとか、はたまた、SNS上のこととか・・これらは全て”人間関係”の中のことです。
悩んでる人からの相談も多く受けますし、私も人間関係において少なからず悩まされます。 ですから、相談してくる人も私もけっこう病んでることになります。 だから、病んでいく過程も気持ちもだいたい理解できます。
「夜空の星を見てごらん・・この途方もないような大きな宇宙の中にあって・・人がどんなに小さな存在であって・・」とかという”神秘的な話”じゃなくて、そもそも、人は自然の中のたくさんの植物や動物の中の”一種族”でしかないわけで、世界観を人間社会という狭い枠に閉じ込めないで、自然という当たり前の枠の中に戻してやれば良いと思うわけです。 だから、自然があって、その後に人間社会が出来たのです。
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悩みとか病んでしまうこととか、それは人間の免疫機能と似ているところがあって、(限られた枠内の)ある一定量を超えるとアレルギーとして出て来てしまうわけで、その枠(世界観)を広げてやれば、許容量も大きくなり、悩みはあっても、病むことには至らないですむわけです。 アレルギーに関して、現時点での医療では、受け皿としての枠を広げることはできませんが、心(精神)の枠は広げることが出来ます。
Without you まや★
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Without you まや★
離れている間に過ぎ去る季節
手を握って歩いたりはしないけれど
そんなに嫌ではないよ
寒い夜の窓に当たる雨音
心の奥に沈下して 身体を浄化してくれるようで
好きになったし
起き抜けのボサボサの髪とか
突然の訪問で散らかった部屋を見られる事も 歩幅が合わなくて
イライラする事もなくなった 自分のやるべき事をやって生きている事に
少し自信が持てたり
何もしたくない時に 丸くなって猫たちと布団に包まったり
知らない間に歳も重ねて 衰えた分
今度会う時まで綺麗でいたいって頑張ったり
小さな小さな積み重ねで 自分を好きになってる
それでもね どうしたってね 疲れた時には声が聞きたくて 我慢して
耐えて そこら辺のラブソングに涙したりしてさ
いつまでだって 変わらない私も居るんだ
繰り返す季節の中で 変わらず真っ直ぐ 伸びる気持ちがあるんだよ
きっとこんなに頑張れるのも こんなに自由なのも
貴方がくれた宝物だよね
見せてくれた全ての笑顔と
私にしてくれた全ての事に 今
感謝をしているよ
作:まや★












