「ぼくらの国会」青山繁晴+三浦麻未

「ぼくらの国会」青山繁晴+三浦麻未

私がオススメのYouTubeチャンネル。 青山自身は参議院議員であり、「護る会」を立ち上げ、しごく当たり前の”解説”を展開している。 右でも左でもなく、”正論”を展開しておられる。 今の総裁選を通して、「グローバルな立ち位置で、今の日本に何が求められているか?」を分かりやすく解説されてます・・秘書の三浦氏のサポートにも助けられ・・。  

今回の総裁選では、青山は高市早苗の推薦人になっており、もし、高市が決選投票で勝ち上がるようなことになれば、青山は防衛大臣に起用されることになるのではないか?と期待してます。 ところが、岸信夫(現防衛大臣)も高市支持であることから、この辺りは難しい選択となりそうですね。 岸防衛大臣は続投として、青山を外務大臣に起用しても面白そうですね。 

「右」とか「左」とか・・

政治用語では、左とは左派(左翼)のことで、右とは右派(右翼)のこと。 最近の30代以下の方たちには、右とか左という言い方は死語になりつつあるので、改めて解説しときます。 また、左を革新という言い方をしますが。右は右翼と言わず保守という言い方をするのが普通です。 ・・・右翼と言うと、街宣車に乗った騒々しく暴力的なイメージがあり、自身を右翼という言い方をせず、保守という言い方をします。 同様に、左翼と言われる人たちは、自身を左翼とは言わず、革新という言い方をします。 政治活動をする者の多くは、自らが王道(本道)であると考えることから、自身を右だとか左だとかという言い方(紹介)はしません。 

革新であれば「左」、保守であれば「右」と思えばよいでしょう。 

アメリカの共和党と民主党を例にとれば、分かりやすいと思います。 

共和党は保守党とも呼ばれ、旧来の慣習・価値観などを重んじ、宗教色の強い人たちも多くいます。 一方、民主党はリベラルと呼ばれ、政治的な穏健な革新を目指し、社会的公正や多様性を重んじる自由主義であり、無宗教の人、社会主義的・共産主義的思考の人たちもおり、社会自由主義という言い方もします。

ソビエト連邦が崩壊するまでは、世界は共産主義国家(左)と資本主義国家に二分されてましたが、現在残っている共産主義国家はおよそ5カ国くらいで、中国、キューバ、ベトナム、ラオス、北朝鮮くらいです。 一党独裁の社会主義国家という言いもします。 ベトナムは近い将来、民主化され、資本主義国家になることは時間の問題とも言われます(南シナ海の中央に位置するベトナムを日本などの資本主義国家と価値観の共有できる国にしておくことは、経済的にも戦略的にも重要だと言われます)。

共産主義国家は結果平等を建前とし、資本主義国家は機会平等を唱え、実施していると考えても良いでしょう。 結果平等・・・貧富の差を出来る限り無くしていく国家主導のシステム。 もちろん、我が国は資本主義国家です。 

現在の中国は、資本主義経済を導入した共産主義(一党独裁)国家で、目覚ましい経済発展を遂げたが、民主化は進まず、むしろ逆行している状況です。 不動産大手の恒大集団は、”見せしめデフォルト”もありうる状況になってます・・・結果平等を唱える国家としては、一企業の救済が出来ないということです(リーマンショック以来の出来事になるのではないか?と、危惧されてます・・ニューヨーク市場で株価が急落してます。 2021.9.20)。 

記者クラブはなくした方が良いね

賭け事が好きなイギリス人が始めたのだろうが、

ブックメーカー(国ではなく民間組織)というのがあって、

賭けの対象となるようなことがあれば、何でも倍率を付けて売りに出す。

海外でも政治経済関係者以外はは、日本の総裁選などには興味ないだろうから、

買い手はなく、売りには出してないだろうが、

例えば、河野に1.8倍、岸田に2.8倍、高市に3.6倍、野田に100倍というように。

1÷1.8 + 1÷2.8 + 1÷3.6 +1÷100≒ 1,1~1,2

倍率の逆数の和が1,1~1,2になるようにしておくと、確率的にはブックメーカーには

売り上げに対して、0.1~0.2(10%~20%)の利益が上がる仕組み。

(日本では)これも既得権益なのだろうけど、ギャンブルは国営か公営に限られる。

(公務員の天下り先になるから・・)

だから、日本ではブックメーカーは認可されません。

総裁選をギャンブルの対象にするとなると、不謹慎だと言われそうだが、

上に記したような倍率で売りに出されたなら、高市の3.6倍は買いじゃないか・・

と、思う人はいるかもしれない。

この倍率というものも日々変動するもので、

高市が一気に票を伸ばしそうなので、当日は2倍くらいに下がるかもしれない。

記者クラブ主催の討論会では、顕かな(偏向・差別)がありましたね。

河野、岸田には答弁する時間が長く、女性二人には短った。

(河野と岸田は外務大臣経験者だから・・という言い分けをしながら)

質問者は、読売、産経、朝日、毎日から各1名。

中道から左派系のオールドメディアなので、

高市には喋らせたくなかったのだろうね、

「こういうやり方は、女性差別じゃなのか?」

と、高市あたりが突っ込んだら面白かったのに・・

メディアの使命は真実を伝えることにあるのに、

自分たちが世論を代表しているような気になっているのかな?

改めて分かったことだが・・

記者クラブはなくした方が良いね。

 

 

子供の頃の記憶・・

「子供頃・・」

子供の頃、たぶん小学生5年生の時、学校からの帰り道に悪ガキどもがたむろしているような道があって、そこを通らないと家に帰るには遠回りになる。 そこを通ればボッコにされそうだから、一日目は遠回りして帰ったことを覚えている。 二日目は、覚悟を決めて、手にお握り大の石ころを握りしめ、悪ガキどものたむろする道を通り過ごした記憶がある。 三日目以降は素手で通り過ごした。 悪ガキどもは、その後、僕に干渉するようなことはなかった。

一日目から、素手で通り過ごすような勇気があれば、もう少し、カッコ良く生きられたかもしれない・・と、60年前のことをあたかも昨日のことのように想い起したりする自分は、滑稽ではあるが、”あの時の出来事”が、その後の自分の生き様に少なからず関わってきたような気がしてならない。

私は団塊の世代であり、”負けて良かった戦争”という歴史観を理屈抜きに学ばされた。 同時に”負けるが勝ち”という思考回路も培われて行った。 それから、60年が経ち、私の周りにいる同世代の多くは「どんな惨めな思いをしても、平和であることが一番」と考えている。 「惨めな思いをしてまで、生きていたいとは思わない」僕とは真逆な思考にある。 ”負けるが勝ち”じゃなく、”逃げたら負け”という信念が、今の自分を支えているからだ。

「どんな惨めな思いをしても、平和であることが一番」と考えることは、米ソの冷戦下ではそれで良かったかもしれない。 当時のNatoも日本も、アメリカの核の傘の下にあり、米ソの軍事バランスの基に、平和が保たれてきた。 クレムリン(当時のソ連共産党の別名)は複数の党員から組織され、トップ(書記長)だけ(単独)では意思決定できなかった。 ところで、今の中国は当時のソ連とは違い、人民解放軍を掌握した一人の独裁者の横暴を抑える”機関”が機能しない(と言われる)。 毛沢東の再来を狙っているのだろうが、それにしてはカリスマ性に欠ける。

・・そんなことを考えるのも、今、自民党総裁選挙が控えているからだ。 既得権益を解消していこうとする改革派の河野、経団連が後ろに控える岸田、共産主義を敵対視する高市。 本来であれば、河野を支持したいが、今の中国と渡り合っていくには危なっかしい気がしてならないし、官僚からはオール空かんをくらい、行政はままならないだろう。 内閣が短命に終わると言われることも納得できる。 岸田では何も変わらないし、高市では大きな博打になる。

これを競馬に例えれば、4頭立てで、無印の野田、穴馬の高市、本命の河野と対抗の岸田(岸田が本命という人もいるが)。 今、パドックを回りながら馬っぷりを見せているところ・・。 仕上がりの良さでは高市、気合不足の岸田、気性の悪さが見え隠れし、当てにならない河野、誰のさしがねか分からないが、ペースメーカーの野田。