Ka : 子供のころの記憶

子供の頃、たぶん小学生5年生の時、学校からの帰り道に悪ガキどもがたむろしているような道があって、そこを通らないと家に帰るには遠回りになる。 そこを通ればボッコにされそうだから、一日目は遠回りして帰ったことを覚えている。 二日目は、覚悟を決めて、手にお握り大の石ころを握りしめ、悪ガキどものたむろする道を通り過ごした記憶がある。 三日目以降は素手で通り過ごした。 悪ガキどもは、その後、僕に干渉するようなことはなかった。 

一日目から、素手で通り過ごすような勇気があれば、もう少し、カッコ良く生きられたかもしれない・・と、60年前のことをあたかも昨日のことのように想い起したりする自分は、滑稽ではあるが、”あの時の出来事”が、その後の自分の生き様に少なからず関わってきたような気がしてならない。

私は団塊の世代であり、”負けて良かった戦争”という歴史観を理屈抜きに学ばされた。 同時に”負けるが勝ち”という思考回路も培われて行った。 それから、60年が経ち、私の周りにいる同世代の多くは「どんな惨めな思いをしても、平和であることが一番」と考えている。 「惨めな思いをしてまで、生きていたいとは思わない」僕とは真逆な思考にある。 ”負けるが勝ち”じゃなく、”逃げたら負け”という信念が、今の自分を支えているからだ。

「どんな惨めな思いをしても、平和であることが一番」と考えることは、米ソの冷戦下ではそれで良かったかもしれない。 当時のNatoも日本も、アメリカの核の傘の下にあり、米ソの軍事バランスの基に、平和が保たれてきた。 クレムリン(当時のソ連共産党の別名)は複数の党員から組織され、トップ(書記長)だけ(単独)では意思決定できなかった。 ところで、今の中国は当時のソ連とは違い、人民解放軍を掌握した一人の独裁者の横暴を抑える”機関”が存在しない(と言われる)。 

・・そんなことを考えるのも、今、自民党総裁選挙が控えているからだ。 既得権益を解消していこうとする改革派の河野、経団連が後ろに控える岸田、共産主義を敵対視する高市。 本来であれば、河野を支持したいが、今の中国と渡り合っていくには危なっかしい気がしてならないし、官僚からはオール空かんをくらい、行政はままならないだろう。 内閣が短命に終わると言われることも納得できる。 岸田では何も変わらないし、高市では大きな博打になる。

これを競馬に例えれば、4頭立てで、無印の野田、穴馬の高市、本命の河野と対抗の岸田(岸田が本命という人もいるが)。 今、パドックを回りながら馬っぷりを見せているところ・・。 仕上がりの良さでは高市、気合不足の岸田、気性の悪さが見え隠れし、当てにならない河野、誰のさしがねか分からないが、ペースメーカーの野田。 

これから先は、勝手な総裁選予想ですが・・・2021.9.23

1回目(自民党国会議員票382+自民党員票382)の選挙で過半数をとる候補者はいそうにない。 したがって、2回目の選挙で上位2者の決選投票となり、(自民党国会議員票382+自民党員票47)で競うことになる。

大方の見方は、河野は1回目を1位で通ることはほぼ確実であること。 2位が岸田であれば、3位、4位の高市と野田の票の多くは岸田に流れるとのこと。 したがって、岸田が総裁になる。 1回目の投票で2位が高市になった場合、岸田と野田に入っていた票は、河野と高市のどちらに流れるかは現時点では予測することが難しい。 

結論から言えば、勝てる確率は、岸田が50%、河野と高市は25%づつである。 傍から見ていて面白いのは、高市が2位で決選投票に進み、河野との勝負になった場合、自民党議員が11月に控える衆院選でどちらを選べば、自民党の得票率が上がるか(自分が当選できるか)と考えるか? 私見では、どちらの”顔”でも野党に負けることはないと思う。 岸田では、やや議席を減らしそう・・240前後になり、30は減らしそう。 河野では、選挙は勝てても、党内のまとまりを欠き短命に終わりそう。 高市ならば、既に大化けしているように、首相となっても変わらぬ人気を保ちそう(左翼系メディア・朝日毎日あたりからは総攻撃に合いそうだが)。