フォトグラファーに対する警戒心が全くありません

この女性は沖縄に住む子だそうです。 

モデルとなっている女性に、フォトグラファーに対する警戒心が全くありません。 大野氏の”人徳”なのでしょうね。

この人の写真には”優しさ”があって、その優しさも見える人にしか見えない優しさというか、アングルにも、シャッターを切るタイミングにも、この人にしかないものがあって・・

– Portfolio – Shinji Ono 1

フォトグラファーは”たじろぎながら”シャッターを切ってる

– Web gallery – Shinji Ono photography nude 3

Shinji Ono 氏の作品は”麻薬”のようなものがあって、なぜなのか、とりつかれてしまうようなところがあって・・写真家とモデルさんの微妙な距離感なのか、”ストーリー”があるんですよね。 ”忍び合い”のような哀愁が漂うのですね。 愛があるんですよね(僕の嫉妬ですかね・笑) 作品から受ける僕の勝手な想像です・・。

今、私は「小さな空」を聴きながら編集してます。 

この人は、絶対、写真を上手に撮ろうなどと考えてないね。 人生の一コマとして、記憶に刻んでおきたいのでしょうね、そこで、シャッターを切ってるね、きっと。

鏡を使った撮影というのはけっこうあって、フォトグラファーによって”使い方”は様々です。 また、撮り手とモデルの関係性によっても写り込みは違ってきます。 この画像の場合、モデルの美しさが際立ってますね。 でも、もう少し冷静に見ると、面白いことに気付きます・・モデルには、フォトグラファーに対する安心感がありますね、真後ろから向けられるカメラに対して警戒心というものがありません。 鏡の中にモデルの”未来”を見ることはできますが、後ろ向きの姿には”現実が如実に写り込んでます。 この現実に、フォトグラファーは”たじろぎながら”シャッターを切ってるように思えてならないのです。

彼の人となりの眼差し

・・

このページには、作者が歩んできた歴史がある。 ランダムに載せてはいるが、それら作品には一貫した作者のポリシーがある、というより、彼の人となりの眼差しが見て取れると言った方が良いでしょう。

https://tetsurohigashi.com/web-gallery-shinji-ono-photography-nude-3/

私小説というより”抒情詩”

ハイブリッドチャキ(インスタントカメラ)

ハイブリッドチャキ(インスタントカメラ)

– Web gallery – Shinji Ono Photography female 2・

Shinji Ono さんの作品は、FBで観てると、なにか”違和感”があるんですよね。 でも、ここでは作品らしさがちゃんと出てるでしょ・・ Shinji Ono さんの 許可なしに勝手にアップデートしてます。 ただ、ちょっと気になることが、被写体さんが複数出てくるので、同様なページに載せることに抵抗があるかもしれない・・ことが気になってます。

彼の人となりの眼差し

京都らしからぬ京都

・- Web gallery – Shinji Ono Photography in Kyoto

京都に住む人が京都を撮れば京都らしからぬ京都になることが面白い。

ハイブリッドチャキ(インスタントカメラ)

ポーズをとってないことが好印象

モデルとなっている女性が、ポーズらしきポーズをとってないことが好印象ですね。 まぁ、大野氏も、そのような指示・要求は出してないのでしょう。 

– Web gallery – Shinji Ono Photography nude 2

京都らしからぬ京都

写真家:大野真司氏の作品集

写真家:大野真司氏の作品集

この人の作品を原画で60枚程預かりました。 僕が、ここで展示したいから・・ということで。

自分の画像であれば、セレクトも展示もしやすいのですが、他人様の作品は難しい。 同じページで展示することは無理があるので、9ページに分けて載せてみました。

この一連のインディアンの羽を装った作品群は美しいですね。 この人の作品には、ベースに”人類愛”があるのでしょうか、セクシャルな印象はありません。 FBで観る(画像の)の印象とはずいぶん違います。 

色彩コントロールは”流石”ですね。 強い色も見事に抑え込んでます。

こういう画像は、えてして、色がハチャメチャになりがちですが、ただただ・・美しいです。

このモデルさんは、カメラを見ていても”カメラ目線”にはなりませんね、そこが素晴らしい。

ポーズをとってないことが好印象

「可視化された私小説」

写真家:大野真司氏の作品群を紹介してます。

大野真司氏の作品には3カテゴリー合って、「旅行記」「人類愛」そして、「可視化された私小説」があると思ってます。 彼を知ったのは「旅行記」としての作品の印象深さであり、世界中の人たちを分け隔てなく記録しようとする「人類愛」を想わせる作品群。 そして、私にとってとっても興味深いのは「可視化された私小説」とも思われる、ここで載せてる作品群です。 

この私小説の一番共感できるところは、”痛み”なのですね。 目の前にいるモデルとは一瞬の時は共有できても、遠い未来は共有できない・・という”宿命”であったり、切なさなのです。 この”勝手な記述”は私の妄想であり、何の根拠もありません。 だからといって、次回お会いした時にその真偽のほどを確認するつもりもありません。

FBで載せられる画像にはいろいろと制限がありますから、作品の本当の素晴らしさは伝わりません。 そして、ここでは原画データを預かってますから、高画質で展示してます。

ここで載せてる一連の画像には、 写真家:大野真司氏の”愛”が感じ取れます。 この愛に関しては、踏み込んだコメントは控えましょう・・

この人の作品には、優しさがベースにあります、風景写真であっても。

この画像は、右斜め前からフラッシュがたかれてますね、このモデルさんらしさを見事に捉えてます。

この人には、上手に撮ろうとする感覚は全くないですね、あくまでも、自分の感覚に治めようとしてます。

また、モデルを単なる被写体としてでなく、”人格を与えよう”と試みてます。 このような試みが”伝わる写真”を生んでますし、他のフォトグラファーには見られない”作品のクオリティー”を形成しているのでしょう。

モデルはこのように”毅然”としてないと・・

「このヌードは素晴らしい!」

こんなヌードが撮れたら?なぁ~と、ある種の憧れみたいなものがあって・・

一連の作品群には”自然体”であろうとする時空(への試み)をモデルとフォトグラファーが共有していることが分ります。

写真家:大野真司氏の作品集

幽霊が怖くなくなるとき・・

夜中、独りでいるときとか、

いるとは思わない幽霊が怖くなる時があったのですが、

親父を亡くしてからは怖くなくなりました。

幽霊が出てくるなら、それはきっと親父なのじゃないかと思い、

それなら、本当に出て来てくれないかな・・などと思うわけです。

いろいろと話したいことがあって・・

生前、全く話をしたことがないので。

maya 幽霊になって父親が現れてくれたら・・

私は、父親を亡くして以来、生前ちゃんと話したこともなかったので、幽霊になって父親が現れてくれたら・・と、願うようになった。 それ以来、幽霊を怖いとか、不都合な存在であるとか‥思わなくなっていった。 その時は「元気でやっているから・・、オヤジが出来なかったこと少しだが叶えつつあるよ」などと、伝えたい。 一番大切な相手に一番伝えたいことを伝えられない・・俺は、それほどまでに愚かなことをやらかした。