画像に説明はいらない・・

僕の撮る画像には、”説明”はないでしょ、それが一番余計なことなんだよね、観る人にとって。 観る人は、一枚の作品から様々なことを創造している、だから、創造できる”材料”だけ見せてあげればよい。 説明はいらない・・

被写体をされたモデルさんの note

初舞台であり、”慣れ”というものはない

フォトグラファーが写真を撮ることの意味は、モデルをする人にとっては撮られることの意味にも重なる。 

この人は、とあるモデルさんの紹介でアクセスしてきたことから始まる。 この人のインスタやFBを参考にして撮影準備に入る。 動画などもあげているのでイメージはしやすいかったが、実際にお会いしたら、最初はとても緊張してる様子。 30分くらいいろいろと話していくうちにその緊張は解けてきたが、やっぱり初めての撮影となると僕の側でも(そのような素振りは見せないようにしているが)かなり緊張している。 複数回撮っている人の場合は、前よりも良い撮影にしなければ・・と考え、プレッシャーがかかり、初対面の時以上に緊張することもある。 

ここで載せてる画像を見れば分かるように、普通の人たちにはない”こういう撮影でしかない出会い”がある。 撮影することの意味を言えば、この出会いにあると言い切れるかもしれない。 恋愛と同じで、「恋はいつでも初舞台」というでしょ、僕は見かけによらずあがり症なので、内心ドキドキしながら、モデルさんの来られるのを待っていたりする。 もう既に100人以上の人を撮っているので、”百戦錬磨”のように思われているかのしれませんが、その分だけ、様々な人と出会い、予想だにせぬスチュエーションも経験しているので、「今日は何が起こるだろう・・」と備えるようになる。 

この空間はいつでも初舞台であり、”慣れ”というものはないのです。   

画像に説明はいらない・・

心地よさそうでしょ、モデルさん

この場面、苦しんでいるのではなく、にこにこ笑ってますよ、ほんと。

心地よさそうでしょ、モデルさん。 キャンバスの上で撮ってますが、下には電気じゅうたんが入っていいて、ぽかぽかなのです。

初舞台であり、”慣れ”というものはない

内なる宇宙が広がる・・

ここから、内なる宇宙が広がる・・私たちはここから生まれ出て、ここで繋がることによって、孤独を癒している。 ”恥部”だなんて言ったやつは誰だ!? 

心地よさそうでしょ、モデルさん

神が創ったものとしては人間は無情すぎ、不完全すぎる

人間は神が創ったということは僕は信じられない。
神が創ったものとしては人間は無情すぎ、不完全すぎる。
しかし自然が生んだとしたら、あまりに傑作すぎるように思えるのだ。
~ 武者小路実篤 ~

内なる宇宙が広がる・・

股間がフォーカスされるような構図

撮影しているときは、プレビュー画面を見ながら、全体の写り込みを見ている。 それでも、なぜか、股間がフォーカスされるような構図となっている。 股間をこれほどまでにエレガントに収められるのは私しかいない。 

神が創ったものとしては人間は無情すぎ、不完全すぎる

白黒画像 コントラストを強めにする

こういう画像というのは、ほぼモノトーンに近いので、モノクロにしてもそんなに変わらないか?と言えば、そうでもなくて、ソフトの使い方によって、その印象はかなり違ってきます。 どの色を基準にするか?で明暗のトーンが違ってきますし、普通、コントラストを強めにしないと画像の良さは出てきません。

Erotic カラーを白黒へ センスというか感性を問われる

アーティスト 犠牲を省みない人が多く

ブレることとか、アングルに収まらないとか、そんなこと考えてたら、こういう写真は撮れません。 何事も面白いことしようと思ったら、何かを”犠牲”にしないと成り立ちません。 クリエイターとかアーティストとは、犠牲を省みない人たちが多くて、本人が悲惨な状況になるのは自業自得ですが、周囲の人たちもまきまれるようなことになれば困ったものですね、彼らには関わったり近寄らないことです。

AKBって、今も生きてますか?

一昔前に、AKBとかが流行っていて、今も流行っているかは分かんないけど・・これって、何のために何を目的に盛り上がっているのかが、僕には分からなくて、「選挙」なんかもやっていて、そんなことを何の理由があってやっているのかも分からなくて。

 海外に行ってみたり、海外の人と接したりしていると、彼らには、やることなすこと、コンセプトや目的意識と言われる”ベクトル”のようなものがあって、日本と比べると、合理性があったり、利便性が優先されていたり、納得しやすいのです。 AKBに限らず、日本の国でやってること、起こってること、それと、たまに下北沢に行くと、何でこんなに美味しそうな店が溢れんばかりに並んでいるとか(内心、これって、無駄じゃないの?と思っていたり)・・・訳が分からない現象とか、視界に入って来る様々な諸々のことが、理解不能というか、何処に向かっているのか分からないことばかりなのですね。 

日本に毎年のようにやって来るフランス人の友人がいますが、彼にとっては、”これら意味不明な諸々のこと”に興味深いのだと思ったりします。 10日間でもフランスにいれば感じることですが、街は汚れてホコリだらけなのですが、私が肌で感じる彼らの日常は、整然としてますし、たぶん彼らが共有しているだろう(社会はこうでありたい・・)というベクトル(方向性)はあるんですよね(少なくとも、それを議論できる下地はあるのです)。 それが、日本にいると全然分からない・・日本の未来はこうでなきゃ!という人が声たかだかに唱えてますが、ほとんどの人たちはその声に興味がないのか、多くの若い人たちには届かないのか、響かないのか、結果、その声も虚しくフェードアウトしていくのですね。 

シチューを煮込んでいる状況に似ていて、鍋の中のあちこちで湯気を上げてもこもこと盛り上がっていて、下で熱する火力を落とさないものだから、ますます加速を付けてもこもこ現象は勢いづいている。 社会自体が(漠然としていても)方向性を持っていないものだから、いろんな才能のある人が勝手なことばかりやり、社会全体が、また、街のあちこちで、カオス化していくんですね。 そんなカオスな社会を形成する人たちが、未だにマスクを外そうとしない・・ それが、私には滑稽に思えますね。