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鏡を使った撮影では、時には双子を撮ったような図が出来上がったりします。
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思えば、これまでの人生は決して計画通りにはいかなかった。
選ばなかった道、選べなかった未来、壊してしまった関係、守れなかった想い。
どれも胸の中でずっとくすぶっていて、思い出すたびに苦く、痛んだ。
でも、あるとき気づいた。
あのときの「間違い」だと思っていた選択が、今の私を形作っていたこと。
失ったと思っていたものが、実はもっと深いものを教えてくれたこと。
挫折は敗北ではなく、変化の入り口だったこと。
若い頃、人生は一本の線のように思っていた。
まっすぐ前に進んでいく道で、選んだ方向にしか行けないと思っていた。
けれど、実際にはもっと柔らかく、曲線を描き、時に立ち止まり、折れ、戻りながら続いていくものだった。
その過程で私がどれほど不器用だったとしても、
たとえそのときの自分を「未熟」だと感じたとしても――
私はそのときそのとき、いつだって「最善を尽くしていた」のだ。
今ならそう思える。
そして、それを否定せず、ただそっと抱きしめるように、自分を見つめられる。
鏡の中の私は、もう誰かに認められたいと焦るような目をしていない。
人と比べてばかりだった。
あの人のほうが優れている、あの人のほうが美しい、賢い、愛されている。
そう思って、どれほど自分を追い詰めたことか。
でも、それも今となっては笑ってしまう。
誰かと同じになろうとしたって、私は私にしかなれないのだ。
それならいっそ、この私という素材を、味わい尽くしたほうがいい。
自分に甘くなるというのは、だらしないことではない。
それは、自分を優しく包み込むことだ。
ずっと頑張ってきた自分に、「もうそんなに無理しなくていいよ」と声をかけること。
傷ついた自分に、「痛かったね、でも大丈夫」と言ってあげること。
何も特別なことではない。
けれど、それができるようになるまでに、私はずいぶん時間がかかった。
Megumi 印象派の絵画の様な図になる