ヌード 作品撮り(撮影)の現場

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作品撮り(撮影)の現場って、どんな感じなんだろぅ?

って、いろいろと想像されるでしょうが

チャッター音が響いている限り

緊張感の中で撮影は進んでいきます

たわいもない、どうでもよいような会話をしながら

一方で、

無言のコミュニケーションというか

共感、協調、共有、同調、ときには駆け引きみたいな・・

様々な”やり取り”が”水面下”ではありそうです

:

モデルにとっては

その日に合わせたベストな状態で臨んでくるわけで

私は、その心意気をどう受け止めるか

{絵}にして結果を出さなければなりません

自分がどう映り込むかを想像しながら

カメラの前に立つ人と

どう映り込もうが気にせず

私のカメラに”お任せ”な人もいます

どのモデルさんにも共通していることは

撮影が進むにつれ

僕の存在がないかのように

モデル自身が何も羽織ってない状況であるにもかかわらず

自然体で僕の前に居ることですね。

岩手県大船渡 山林火災の現状?

岩手県大船渡 山林火災の現状

焼失面積は3000ha₌30㎢

30㎢って、どれくらいの広さか?っていうと

普通サイズの「区」の大きさくらいです。

1辺が6キロ弱の正方形の面積と考えればよいです

…けっこう大変なことが起こっているのですが

ほとんど話題にならないですね

なぜなんでしょうか?

分かる人は教えてください。

– Web Gallery – Arto Pazat photography

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Arto Pazat 氏を紹介するにあたって

私が彼を知ることになったのは、2015年にイスタンブールで開催された国際写真展(International Photo Expo 2015)でのことでした。私たちはともに招待され、作品を展示する機会を得ましたが、私自身は会場に足を運んだものの、彼は残念ながら来場できませんでした。その後、私が主催した写真祭において彼の作品を展示する機会があり、そうした経緯もあって“付き合い”は長いものの、実際に直接顔を合わせたことはありません。

Arto Pazat 氏の作品を理解するには、「形象学(フォルモロジー)」という独自の学問的アプローチと、その体得という前提知識が不可欠であると、私は考えています。特に、西洋の芸術作品に広く精通している方にとっては、私の解釈は不要かもしれませんが、それでもなお、彼の作品をより深く理解するには、この「形象学(フォルモロジー)」の視点が鍵となるように思います。

この手法は、単に作品の顔や身体の表情、手足の動きや形態といった表層的な要素を観察するだけではなく、その背景にある思想や哲学、文化、そして宗教的(むしろ「慣習」や「教え」に近いもの)な影響を読み解くことを重視します。写真を含むあらゆるアート作品を鑑賞する際に、この視点を持つことは、その本質へとより深く迫る手助けとなるでしょう。

彼の手法には、伝統的な技法を守るというよりも、それらを超越し、あるいは意図的に無視しようとする姿勢が見受けられます。その点にこそ、彼の作品の独自性があるのかもしれません。

Le travail d’Arto Pazat ne se definit pas par une volonté de préserver les Techniques traditionalnelles. Au contrare、il semble vouloir les超越者、voire les無視r delibérément。 C’est précisément dans cette démarche que réside l’originalité de Son œuvre.

「優れたモデルが美しいポーズを生み出す理由」

「優れたモデルが美しいポーズを生み出す理由」

——視覚芸術の観点から

ポーズとは、単に身体を動かして形を作る行為ではなく、身体を通じて空間と対話し、光と影を編み、リズムを生み出す行為である。優れたモデルが美しいポーズを生み出せるのは、技術だけでなく、彼らが持つ独自の視覚的感覚、身体のコントロール、そして芸術に対する理解が深く関わっている。

1. 身体と空間の対話

優れたモデルは、単にポーズを取るのではなく、空間との調和を意識する。彫刻や絵画においても、空間の使い方は極めて重要である。たとえば、古典彫刻では、身体のバランスが空間に自然な流れを生むように計算されている。モデル自身がその視点を持ち、ポーズに奥行きを与えることで、二次元の画面や写真においても、立体的な表現が可能になる。

2. 光と影の理解

美しいポーズは、光と影を計算することでより印象的な造形を生み出す。優れたモデルは、光源の位置を意識し、どの角度でどの部分が影になり、どこがハイライトとして浮かび上がるかを把握している。これは、ルネサンス期の画家が「キアロスクーロ(明暗法)」を用いたのと同じ原理である。光を操ることで、身体の曲線や骨格の美しさが強調される。

3. リズムと流れの構築

優れたポーズは静止していても動きを感じさせるものだ。バロック絵画やロダンの彫刻に見られる「コントラポスト(体重移動によるS字のライン)」のように、身体のラインに流れを作ることで、視線を誘導し、動きのある構図を生み出す。モデル自身がこのリズムを理解し、ポーズの中に緩急をつけることで、単なる立ち姿ではなく、生きた造形が生まれる。

4. 自己表現と感情の投影

美しいポーズの鍵となるのは、単なる形状ではなく、そのポーズが持つ意味や感情である。優れたモデルは、自分の内面を動きに反映させ、表情や手足の繊細な動きで感情を伝える。これは、日本の能やバレエにおける「型」の概念にも通じる。動作そのものが意味を持つことで、観る者の心を打つ表現が生まれる。

5. 美術史や造形美への知識

名画や彫刻のポーズがなぜ美しいのか、その法則を知っているモデルは、それを再現しながらも独自の解釈を加えることができる。たとえば、ボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》に見られる優美な手の動き、ドガのバレリーナの緊張感ある姿勢など、過去の美の規範を理解しているモデルほど、自然に洗練されたポーズを取ることができる。

結論

優れたモデルが美しいポーズを生み出せるのは、単なる肉体的な柔軟性や技術だけではない。空間との対話、光の理解、リズムの構築、感情の投影、そして美術的知識を総合的に活かすことで、視覚芸術としての完成度を高めるのである。優れたポーズは、単なる姿勢ではなく、時に一枚の絵画や彫刻と同じくらいの表現力を持つ。これこそが、モデルがアートの創造において果たす重要な役割なのだ。

大統領同士がガチでけんか腰 ライブ中継

トランプとゼレンスキーの決裂を見て思うこと

トランプ前大統領とゼレンスキー大統領の会談が「喧嘩別れ」に終わったというニュースを見て、正直なところ驚いた。これまでウクライナは、西側諸国からの支援を受けながら戦争を続けてきたが、その立場が大きく揺らいでいるのではないか、と感じたからだ。

ニュースを見ていると、ゼレンスキー氏はこれまで「自由を守る英雄」として扱われてきたが、今回の会談ではトランプ氏から厳しい現実を突きつけられたように思う。トランプ氏はビジネスマン的な合理主義者であり、戦争を感情論ではなく損得で考えている。そのため、ウクライナへの無条件の支援を続けるのは難しいと判断したのだろう。

一方のゼレンスキー氏は、これまで欧米の支援を受けながら戦ってきた以上、「戦争を続けること」こそが自国の正義だと信じているのかもしれない。だが、もし本当にウクライナが戦況を挽回できないのだとしたら、現実的な落としどころを考えなければならないはずだ。今回の会談の決裂は、彼の「プライド」とトランプ氏の「現実主義」がぶつかり合った結果なのだろう。

「ウクライナの現状」を日本人はどれだけ理解しているのか?

日本のニュースでは、「ウクライナは善」「ロシアは悪」といった単純な構図で報道されることが多い。しかし、本当にそれだけの話なのだろうか?

例えば、戦争の状況についても「ウクライナが優勢」と報じられることがあるが、海外の情報を見てみると、むしろウクライナが苦戦しているという分析の方が多いように感じる。

実際、次の3つのうち、どれが現実に近いのか?

  1. ウクライナが攻勢に転じている
  2. 戦況は膠着し、泥沼化している
  3. ウクライナの敗北が決定的になっている

私自身の印象としては、やはり 3番目の「敗北が濃厚」 という意見に説得力を感じる。

もちろん、ロシアがウクライナに侵攻したこと自体は国際法違反であり、ウクライナ側に正義があると考える人も多い。しかし、ウクライナ東部ではロシア系住民とウクライナ系住民が混在していて、戦争以前から衝突があったことも事実だ。特に「アゾフ大隊」のような武装勢力がロシア系住民を弾圧していたという話もあり、こうした背景を考えると、戦争は単純な「侵略 vs 防衛」の構図ではないのかもしれない。

G7の支援とトランプの決断

今回の会談を見て思ったのは、「アメリカがウクライナ支援をやめたら、戦争はどうなるのか?」ということだ。

ここ3年間で、G7各国はウクライナに対して総額30兆円もの支援をしてきた。

  • アメリカ:17兆円
  • 日本:1.7兆円

この支援がなければ、ウクライナは戦争を続けられないはずだ。それなのに、トランプ氏が「ウクライナ支援を打ち切る」と言い出したら、ウクライナはどうなるのか?

もちろん、トランプ氏がプーチン氏と結託しているわけではないだろう。しかし、彼にとっては「アメリカの国益」が最優先であり、ウクライナにこれ以上お金を注ぎ込む意味がないと判断したのではないかと思う。

もし本当にアメリカが支援をやめれば、NATO諸国も対応を変えざるを得ない。ウクライナは和平交渉を迫られ、戦争の終結に向かう可能性もある。

この喧嘩別れは「戦争の終わりの始まり」なのか?

今回のトランプ・ゼレンスキー会談は、単なる外交上のトラブルではなく、ウクライナ戦争の大きな転換点になるのではないかと思う。

トランプ氏の演説は、日本時間で3月5日(水)午前10時に予定されている。この演説の中で、「ウクライナ支援を打ち切る」と明言するのかどうか、それが今後の流れを決める大きな要因になりそうだ。

もしアメリカが支援をやめれば、ウクライナは単独で戦争を続けるのは難しくなる。そうなれば、戦争は終結に向かうかもしれない。

ウクライナ戦争が始まって3年。世界の状況は大きく変わりつつある。日本にいる私たちは、これまで「ウクライナ支援は当然」という空気の中で過ごしてきた。しかし、本当にそれでいいのか?

今回の会談の決裂が、「戦争の終わりの始まり」なのかもしれない・・