モデルナ、ファイザー、有効率

多摩川河川敷での撮影 中野島に近い

「実際に、データを見てみる。モデルナの臨床試験に参加した1300人のアジア系の人々のうち616人がモデルナの接種を受け、接種後に感染した人は0人。一方、接種を受けなかった684人中感染した人は3人だった。これを、ワクチンの有効率を算出する計算式に当てはめると100%の有効率になるという。

一方、ファイザーの臨床試験に参加した1604人のアジア系の人々のうち796人がファイザーの接種を受け、接種後に感染した人は1人。一方、接種を受けなかった804人中感染した人は4人だった。これを計算式に当てはめると74.4%の有効率になるという。」 以上は、最近の記事から引用・・・

最近は、僕の時代ではほとんど注目されることのなかった「データ資料分析」なるものを多く見かける。 なぜ、僕はこの「情報」が気になるか?というと、ファイザーワクチンの2回目接種をすでに終えているからだ。 だから、有効性に関しては気にかかるのはごく当然のこと。 

この情報は”真実”なのだろうが、いかにも母数が少ない。 百人、千人単位では説得力あるエビデンスとは言えない。 このデータを見た人の多くは・・・モデルナはかなりの有効(100%)だが、ファイザーはそれほどではない( 74.4% )と思ってしまう。

このデータでは、モデルナは感染者0人であるから、有効率は100%であることはごく当たり前。 では、ファイザーは・・・ 接種した者としない者はほぼ同数であるから、大まかな計算をすれば、100−(1÷4×100)=75(%) となり、 74.4% とほぼ一致する。 

もっと多くの母数で出したデータによると、モデルナもファイザーもほぼ同様で、有効率は95%くらいと言われている。 このデータは数千万人を対象としているので(とは言っても、主にアーリア系の人たちが対象)、エビデンスに基づいていると判断できる。 

有効率95% を日本の感染状況に合わせて換算すると、接種したものは10000人に1人は感染するが、接種しない者は10000人に20人感染する・・この場合の感染とは、感染し発症すると解釈してよいと思います。 それよりも、もっと重要なことは・・・接種した者は感染しても重症化しないが、接種すれば副反応があり、将来的にもリスクを背負うこと・・・接種するかしないかは、社会的状況も合わせて、その選択は非常に難しい。

現時点で伝わってくることは・・ファイザーよりモデルナの方がやや有効性が高いが、モデルナの方が副反応がひどいということ(特に、若い人たちには)。

案の定ですが・・・接種を二回終えたジジババがマスクを外し始めたこと。 昨年の今頃は、弱者(ジジババ)を守るために(集団免疫をつくった方が良いと思われる若者までが)マスクを強いられたのに、そして、これからも当分の間、若者がマスクを強いられること(このことに異を唱える若者が少ないことにも呆れる・・何でここまで”従順”なの?)。 

アメリカのMBL(野球)を観ていると、選手はもちろん観客にもマスクをしたものは既にいません。 ワクチン接種が進んだ現在、コロナ下での”弱者”はいないのですから、皆でマスクを外せば良いと思います・・オリンピック期間に自粛を強要?するのは、来秋の選挙に負けないためなのですからね、現政権が。

自信のない写真家

カメラを持って、ちょうど今年で10年目。

長いようで短いようで・・

それでも、いつも自信がなくて、

自身がなさそうにしてるのは、

モデルには失礼なので、自信あり気で撮っている。

自信が持てるということは、

自分が自分に委ねられるかどうか?ということに他ならない。

https://tetsurohigashi.com/collage-photographs-to-form…/

Model : Anri Mone


Model : Anri Mone

日本の美術モデル、時々フォトモデル。

美術モデルは20分ポーズなどもあり、筋力がないと出来ない。

この画像で見るように、バランス良く理想的な体型と言える。

環境を語れば「ビジネス」に繋がる

環境を語れば善人になれる。

現実的には、環境を語れば「ビジネス」に繋がる。

環境を語る人が偽善的に見えるのは、こうしたことからなのだろう。

孤独や不安と共存する道

「孤独や不安と共存する道」

私はどこまで行っても私である。

自分が自分であることを捨てるつもりはない。

孤独や不安はつきものだが、それらから逃れるつもりはない。

また、逃れる手段も知らない。

その上、臆病で小心だ。

だが、孤独や不安と共存する道はある。

私がこうして写真を撮り続けていくこと、

モデルと私とのコラボ・共同制作こそが、

また、こうして「発表」していくことも含めて、

私と世界、私と他者が繋がっていることの証であると考えている。

岡本太郎

model : Makina

岡本太郎が「岡本太郎」となり得たのは、

彼が本の中で「歓喜(かんぎ)」に至る過程を見事に語っているからであり、

絵描きである前に哲人であったからだ。

歓喜を”形”にすることにより、作品をより説得力のあるものにした。