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Outdoors photos 1

“To Those Who Embrace Solitude”:

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Outdoors Works : Fuji 5 Lakes

Outdoors Works : Fuji 5 Lakes 4

Outdoors Works : in mountain streams

Around the riverbank 1

Around the riverbank 6
この国では、人と自然をテーマにした場合、伝統的に「自然と人間」というタイトルになりやすい。 ところが、西の国々では「人間と自然」というように、人と自然が逆に並ぶとになる。
「自然と人間」というタイトルであれば、自然に生かされる人間という意味合いが深く、あくまでも、主体は自然にある。 一方、西の国々では、「人間と自然」という並びとなり、自然はあくまでも人間の引き立て役でしかない・・私が長年、写真であり絵画を観てきたが、このような印象が強い。
今日、8月14日、岸田首相が退任表明しましたね。 っじゃ、次の総裁を誰にするか? 自民党内では水面下で激しい”綱引き・駆け引き”が展開されそうです。
自民党議員(特に、次期選挙で当落線上にいる議員)は「自民の顔を誰にすれば選挙に勝てるか?」しか、考えてない議員が多いので、最終的には今の自民では進次郎と高市しかいないことになる。 奇人変人の類の河野じゃダメだし、石破じゃどんよりしちゃうし、知名度も含めて進次郎と高市しか見当たらないのです。
もちろん、進次郎のバックには菅さんがいるわけで、自民を二分する麻生さんには進次郎に勝てる”コマ”が見当たりません。 そこで、唯一勝負になるのが高市さんということになる。 麻生さんと高市氏がどう折り合いをつけるか?折り合いがつくのか?そのあたりが見ものですね。
いずれにしても、総裁選に立候補するには20名の推薦人が必要なので、最終的には3~5人くらいが立候補しそうです。 1回目の投票で過半数をとる議員がいればそれで決まり、過半数に届かないようであれば、上位二人の決選投票になる。 1回の投票で決まるようなら進次郎、決選投票にもつれ込むようなら高市に分があるような気がします。 また、その逆もあり得ますが。
政治家としての技量はあらゆる点において高市氏が勝っており、明日の日本を任せられるのは高市しかいないと私は思ってますが・・

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東京(首都圏)で大地震が起きる確率は30年(356日×30年≒10000日)以内に70%、南海トラフの起こる確率も同様で30年以内に70%と言われている。 ‥このことはほぼ正しそう。
では、どちらの地震も起こらない確率は、0.3(30%)×0.3(30%)=0.09(9%)・・ということは、1-0.09=0.91(91%)となり、どちらかの大地震が30年以内に起こる確率は91%ということになり、ほぼ起こると考えた方が良い。
ですから、これから30~50年の間はいつ地震があってもおかしくないと考えればよいですね。 それから、富士山などの火山の噴火も地震と連動してる可能性もありますから、もっと危機感は増すものと思われます。

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河岸でヌードを撮ることの面倒さ・・
というか、厄介さ
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ロケーションに適するところには必ずと言ってよいほど
釣り人が一人二人いるんです
っで、だからと言って、どいてくださいと言えないでしょ、
「お前が別の場所に行け!」って話だし
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街道筋から河岸に降りていくわけですが
だいたい10m以上は降りますね
そこから、リュック背負って奥に入っていくわけですが
「ここはいいなぁ!」と思えるところって
釣り人にとっては”当たりの良いところ”なのでしょうか
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釣り人と私たちが同じ側に居るときは
夏場ならうっそうと茂った草がありますから
お互いに見えないし、都合が良いのですが
対岸に陣取られると丸見えになるわけです
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目瞑っててください・・と言うわけにもいかないし
昨今は、スマホ持ってるので
通報されたら?
と思うわけです(そんな野暮な釣り人はいないでしょうが)
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気になるのは、釣り人だけじゃないんです
遠くに車とか電車が通っていたり、別荘があったり
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だからと言って、
誰にも見えなくて誰も来ないような奥に入り込むと
熊はいないでしょうが、
イノシシあたりが顔を出しても不思議じゃないし
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2年くらい前になりますが
河川敷で撮ろうとしたところ
対岸にいる釣り人が帰るのを待っていたのですが
日没も迫ってきたので
モデルさんが「無視!」と言ったので
撮影を決行したこともあります。
Around the riverbank 1

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Festival Européen de la Photo de Nu(ヨーロッパヌード写真祭)は、フランスのアルルで毎年開催されるヌード写真に特化した国際的な写真祭です。このフェスティバルは、ヌード写真という非常に独特かつデリケートな分野を芸術の一環として高めることを目的としています。ヨーロッパを中心に、世界中から多くの写真家やアート愛好者が集まり、その年ごとにテーマに沿ったさまざまな作品が展示されます。
このフェスティバルは2001年に設立され、以来、毎年5月に開催されています。アルルは、もともと写真の街として知られており、特に国際的な写真祭である「Rencontres d’Arles(アルル国際写真祭)」が有名ですが、このフェスティバルはヌード写真に特化している点で非常にユニークです。Festival Européen de la Photo de Nuは、ヌードというテーマに対して、社会的、文化的、または美学的な角度から新しい視点を提供する場として知られています。
このイベントでは、ヌード写真が持つ多面的な魅力が披露されます。写真家たちは、肉体の美しさだけでなく、その表現を通じて感情や思想、哲学、さらには社会的なメッセージを伝えることができます。ヌードは、単なるポルノグラフィーやエロティシズムとは異なり、歴史的には芸術作品の題材として長い伝統を持っています。古代ギリシャの彫刻から始まり、ルネサンスの絵画、さらには現代写真まで、ヌードは常に人間の存在や美しさ、儚さを表現する手段として用いられてきました。
Festival Européen de la Photo de Nuも、その伝統を引き継ぎつつ、現代の多様な表現を取り入れています。特にこのフェスティバルの特徴として挙げられるのは、若手からベテランまで幅広い層のアーティストが参加することです。これにより、古典的なアプローチから現代的な実験的手法まで、多彩な作品が展示されます。また、フェスティバルでは、単に展示だけでなく、ワークショップやレクチャー、トークイベントが行われ、参加者はヌード写真の制作やその裏にあるコンセプトについて学ぶ機会も得られます。
ヌード写真というジャンルは、その性質上、しばしば議論の的となることがあります。特に、現代社会においては、プライバシーの問題やジェンダー、フェミニズム、または倫理的な観点から様々な視点が交わります。しかし、Festival Européen de la Photo de Nuは、こうした議論を恐れることなく、ヌード写真をアートとして堂々と提示することで、新しい議論を喚起し、視覚芸術におけるヌードの可能性を広げようとしています。
このフェスティバルは、アートの視点からヌードを捉え直すだけでなく、地域社会との結びつきも深めています。アルルという街自体が、歴史的な街並みと現代アートが交差する特別な場所であり、フェスティバルの期間中は街全体が芸術的なエネルギーに満ち溢れます。観光客やアートファンにとっても、このイベントはアルルの美しさと共に楽しむことができる、特別な体験となるでしょう。
また、フェスティバルは商業的な目的とは一線を画しており、あくまでアートとしてのヌードを追求しています。そのため、展示される作品は非常に高い芸術性が求められ、写真家たちは純粋に自分のビジョンやメッセージを作品に込めます。審査員も国際的に評価の高い写真家や美術評論家、キュレーターが務め、作品の選定は厳格に行われます。これにより、フェスティバルは常に高いクオリティを保ち続けているのです。
フェスティバルの魅力は、観客にとっても大いに楽しめることにあります。ヌード写真を通じて、美しさやエロティシズム、時には挑発的な表現も体験できますが、それだけではなく、深い哲学的な問いかけや感情の表現に触れることができます。また、アーティストと直接対話する機会が設けられているため、作品の背景や制作プロセスを知ることができるのも大きな魅力です。
Festival Européen de la Photo de Nuは、ヌード写真のジャンルをただのエロティシズムや商業主義から解放し、アートとしての新しい価値を創造しています。そのため、このフェスティバルはアートシーンにおいて重要な位置を占めるようになり、今後も多くのクリエイターや観客を引きつけることでしょう。
まとめると、Festival Européen de la Photo de Nuは、アルルの魅力的なロケーションとともに、ヌード写真の芸術的な価値を追求する場として非常に注目されています。多様なアーティストが集まり、彼らの独自の視点からヌードを表現するこのフェスティバルは、単なる展示会にとどまらず、アートの新しい可能性を探求する場であり、観客にとっても刺激的な体験を提供します。

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Bruselas Flamenco Festival: Karim Baggili | Concert | BOZAR