礼儀正しいが、キレるとやばい日本人

礼儀正しいが、キレるとやばい日本人。

フランスに滞在していたおり、パリの裏通りを一人で歩いていたが、肉体労働者風のごつい男に絡まれたことがある。 その男は、アジア人に恨みでもあるのか、フランス語で「お前はカンボジア人か!」と言いながら近づいてきた。 「いや、日本人だ・・」だと言い返すと、その男は後ずさりするように立ち去って行った。 

日本人は礼儀正しくて良い人間が多いと思ったのも知れないし、この男はキレるとやばいと思ったものかもしれない。 ヨーロッパに行けば、北野武は有名人なので、彼の映画を観てる人も多いのだろう。 そこにはキレるとやばい日本人ばかりが出てるからね、僕もそんな風に見えたのかもしれない。

”不幸”の始まり

私は、私のオフィスをアレンジしてスタジオにしている。 したがって、私は逃げ隠れは出来ないので、その意味では被写体となるモデルも安心して撮影に臨める。 モデルは私の前にヌードで立つのであるから、自ずとプライベートの壁は無くなるか、低くなる。 そうなると、普段なら話さないような話題にもなる。 そうなったとき、現在”幸せな人”というのがほとんどいないことに気付く。 過去からの不幸を背負った人、現在も不幸な人、多分これからも不幸の連鎖は続くものと思われる人・・とはいえ、幸せな人生を望んでいることも確かなのですが。 私から見れば、”幸せ”と言うよりは”裕福”な人生を望んでいるように見えます。 皮肉を込めて言えば、”幸せ”より”裕福”を望んでいることに”不幸”の始まりがあるようにも思えるのですが。・