勢いで撮るヌード

勢いで撮るヌード

ここに載せてる画像には2016年の原宿での展示会で使った画像を含みます。

僕は子供頃から頑固で、他人の言うことなど意に介さないという”悪い癖”があって、それによって、人間関係を悪くしていた・・とい反省もあって、自分でも変わらなければならないということに気付き始めたのが20年くらい前のことです。

美意識に関しては、持って生まれたものなので変えようもないのですが、”物事の価値観”に関しては、自分の価値観の世界に余裕を持たせるようになりました。 そう、他人の価値観を受け入れる余裕なのです。 その結果、周囲との関係が良くなっていき、ストレスも減り、自分がとても楽に生きれるようになったわけです。

こういうように、僕の発想は常に自分から始まり、他人を経て自分に戻ってくるようなことになる・・やっぱり、自己中心的な人間なのですかね。

このところの傾向というか、ご時世というか、無駄をなくそうとする”思考”がやたら言われるようになっている。 

エコという言葉がどうしても好きにはなれない。 だからといって、無駄も嫌なのだけれど。

プリウスという車が出てからどれくらい経つのでしょうか? 始めて見た時は、こんな車に乗るくらいなら、電車でいいや・・と思ってました。 こんな箱のような車は絶対売れっこない・・とも思ってました。 この画像を見ればお分かりのように、プリウスとは縁がありません。

そして、いつしか、時代に取り残され、リッター6kmの車に最近まで乗ってました。 その車を手放したら、ほしい車が無くなってしまった次第です。 

勢いで撮るヌード

 

この撮影のために”全力”で臨んでいることが伝わりますね・・モデルも写真家も。

ヌードとは本来静的なものであり、私のように勢いでは撮りません。

F値を下げてますから、フォーカスポイントをどこに合わせるかが難しい撮影でした。

手前の指に合わせるか?肋骨辺りに合わせるか?バストトップに合わせるか?なのですが、手前の指に合わせてますね。 こういう撮影の場合は、フォーカスポイントを替えながら、3枚撮っておけばよいわけです。

この撮影中、モデルにはポージングを全く指示してません。 すべて、モデル任せで撮ってます。 僕のすることは撮ることだけです。 

どのモデルさんにもコンプレックスというものがあって、「少しお尻が小さいので・・」と言っていたことを想い出しました。 相対値として、他者と比べて考えれば、そうなのでしょうけど、僕は絶対値でしか見てないので、比較するような発想が最初からありません。 カッコ良ければ、それでよいのです!

展示会で使った画像です。 この作品には少なからず自信があって、勝負写真というところです。

このモデルさんとは”精神的な戦い”がありまして、「カメラを意識しないようにしましょう」と伝えてました。 ”カメラ目線”にならないようにしましょう・・という言い方をしますが、それは、カメラの方を見ないことではなく、カメラの存在を意識しないことなのです。

言うのは簡単なことですが、カメラを意識しないでカメラの前に立つなんてことは、途方もなく難しいことなんですが、写真家というものは勝手なもので、言いたい放題言ってしまってますね・・ゴメンなさい。

僕の写真の多くはブレてまして、バストから下の下半身があきらかに揺れてますよね。

これは言い訳ではなく、編集をしていると良く起こることなのですが、明暗とコントラストの絶対値みたいなものはなくて、この画像を編集したのが深夜でもあり、”フクロウ”のような眼で見ていたのでしょうね。

こういう、写真家を見下したような目線は良いですね・・まぁ、多くを語ることは止めておきます。

僕の撮影では珍しいことですが、カフェを借り切って撮影してます。 クローズした後に2時間くらいですかね、ライティングは1本だけ用意して、カフェの灯りの中で、良い雰囲気の”自然光”の様なものですね。

私は”変態”なんですが・・と撮影中に僕に語ったモデルもいます。 撮影しながら、どのような変態なのだろうと探りながらシャッターを切っていたことがある。 僕の時代の人にとっての”変態”は、タブーを超えていく人、すなわち、半ば犯罪者のような印象があった。 最近では、普通じゃなく、平凡でもなく、たぶん、”非凡な人”という意味で使っているのでしょうね。 このモデルさんは二度ほど撮影しましたが、どのような変態なのか、分からずじまいです。

僕は一度の撮影で3000枚くらいは撮りますが、シャッターを切った瞬間に「これは使える!」としっかり記憶する瞬間はよくあります。

そんな写真です。

この上のような写真はEUでは受けが良いと思います。 ストリー性があるということでしょうか、観る側の創造力をかきたてるのでしょう。

写真というのは、カメラワーク次第で、編集次第で、どうにでもなると考える方が多いかもしれませんが、”モデル本人が醸すオーラ”だけはどうにもなりません、というか、写真家がどう頑張ろうが、編集に時間をかけようがそのオーラだけは創れません。 写真家はそのオーラを撮りに行ってるわけですから、当然と言えば当然ですね。 

ですから、”良いモデル”はカメラマン任せにはしません。 モデル自身で”図”をどんどん創っていきます。 フォトモデルや美術モデルを目指す方がいたら、それは肝に銘じた方が良いと思います。