追悼「石原慎太郎」

追悼「石原慎太郎」

僕は”健全な人”が好きです。 いかなる思想があろうが、宗教があろうが、まっとうな人が好きです。 先日亡くなった石原慎太郎氏はそういう意味では”健全な右翼”でした。 なかなか少ないんですよ、健全で右寄りな人。 そこで、ちょっと困ったことが起こってくるのですが、健全な右の人がいなくなると、健全な左の人の”存在定義”が難しくなる。 ”負けて良かった戦争”を語る人たちは、そもそも生い立ちが”不健全”ですからね、負けて良かったというなら、信じて亡くなった人たちは救われません(人の尊厳と真摯に向き合ってません)。 知識人、良識人、平和主義者、環境問題を語りたがる人の多くは、何重にも良い人を装った鎧を纏ってますからね、見分けにくいのです。 右左に関係なく、宗教にも関係なく、健全な人な人たちもいるのでしょうが、そもそも、健全な人たちは政治家にはなりたがらないので・・

覆っている布は、南仏のニースで買った

サラブレッドこそ雑種である

サラブレッドは純血種と思いがちだが、サラブレッドこそ雑種である。 シマウマを見れば分かるように純血種であれば、体の模様などはシンメトリーであるが、サラブレッドの多くは、片足だけ白のソックスを履いていたり、顔に入る模様が左右対称ではない。 300年以上前に世界中に繰り出していたイギリス人が、主にアラブ諸国から持ち込んだ”速くスタミナのある馬”を何代も重ねてかけ合わせてできたのがサラブレッドであると考えれば良い。 そのような配合により、現在も進化を続けているのがサラブレッドである・・だいたい、1マイル(1623m)を20年で1秒くらいづつ時計を詰めている、速くなっていると言われる。 

私は12歳位から、テレビでサラブレッドが走るのを興味深く見ていましたから、かれこれ、60年、競馬を観てきたことになる。 血統と体型、距離適性など、そこに多くのロマンを見てきました。 今は故人となってしまったが、”競馬の神様”と言われた大川慶次郎氏に(私が23歳の頃)偶然お会いしたことがあり、何でもよいから競馬関係の仕事をくれないか!と頼み込んだことがあるが、断られてしまった(ダンサーズイメージというアメリカでG1を勝った馬を種馬として輸入したが、その子供たちが走らず、経済状況がきつくなり、それから、半年後に大川氏は破産してしまった・・このことが、断られた理由なのでしょう)。 

とにかく、どこの国でもそれぞれにギャンブルがあって、それぞれにその在り方がある。 日本では、公営ギャンブルとしての競馬(競艇、競輪なども含めて)は国(農林省)または地方自治体は見事に”収益”を上げている。 中央競馬会に関しては、総売上高(3兆円)の25%を税金として徴収(7500億円)する。 ”健全なギャンブル”としての指標は、還元率にあります。 還元率の高い順に、日本ではその開催に議論が多いカジノは90%前後、競馬が75%、パチンコが50%位、宝くじに至っては48%になる。 還元率が高いほど健全なギャンブルと言える・・・その意味では、ギャンブルとは言えないが、宝くじは”もっとも”不健全なギャンブル・あこぎなギャンブル”とも言える。 ファンが続けられるという意味で、もっとも健全なギャンブルはカジノと言える。 

追悼「石原慎太郎」

ヌード 容姿の違いは個体差でしかない

普通に暮らしていれば、容姿に自信のある人はそんなに多くはないと思う。 まして、ヌードともなれば、”あちこち”に自信のなさ・コンプレックスがあるに違いない。 アートとしてのヌードを考えた場合、それら・容姿の違いは個体差でしかない。 そのモデル・被写体にしかないオーラ・存在感を撮りにいっているので、”美”は比較の中にあるのではなく、いつも、そのモデル・被写体の”絶対値”なのです。  

サラブレッドこそ雑種である

アートにはたぶん”胆”と思われる

先日Gメールにて、僕の撮る女性ヌードがとっても気に入ってるそうで、今年、東京の大学へ合格できたので、是非、撮影する際の”助手”にしてほしいという女性がいて・・。 僕の撮る女性ヌードは男性よりもむしろ女性に人気があることは分かってましたが、まだ18歳の女性が僕にカメラを習いたい・・というのは、嬉しいが、ちょっと驚き。 普段の僕は、教えることが仕事でもあるが、こと、カメラとなると話は別で、教えたこともなければ教わったこともないので、どのように”対処”したらよいのか、躊躇ってしまう。 とはいえ、アートにはたぶん”胆”と思われるものがあって、それをどう伝えるかが難しい。 逆に、”媚が入らないもの”であれば、どう撮ろうが好きに撮れば良いと思うのです。 社会の中で生きていれば、必ずどこかで”媚びてる自分”と向き合うことになりますから、だからこそ、写真というアングルの中だけは、媚ちゃダメなんですね。 上質な商業写真というのは、ニーズに応えてはいるが、だからといって、ユーザーに媚びているわけでもなく、ディオールやシャネルのショーウィンドウなどを見ていると、ある意味、ユーザーを突き放してはいるが、それがブランドイメージとしては良いのでしょうね。 

人は思い込みに支配されている

何事にも、人は思い込みに支配されていることが多い。 思い込みと思われることは、その人の実態とかけ離れていることも多く、その意味では”幻に生きている”と言っても過言ではない。 また、行動もパターン化されていることが多く、知らず知らずのうちに同じことを繰り返し、それから、抜け出せない自分がいたりする。 往々にして、自分の意志で動いているのではなく、外部からの影響や環境によって、支配されているので、自分が変わろうとするなら、また、自分を変えたいと思うなら、環境を変えることが手っ取り早い。

アートにはたぶん”胆”と思われる

個性を知らないと指導は難しい

子供を指導することであれば、その子の個性を知らないと指導は難しい。 自分が過去に学んだやり方を押し付ければ、子供の方から逃げていく。 成人した人を指導するには、その人のそれまで生きてきた過去を知る必要がある。 注意することは、世代が違えば考え方も受け止め方も根本から違っていることも多い。 

人は思い込みに支配されている