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これは、フォトショで線描きしてますが、こういう作品を良しとするかしないかは観る人の感性に因るので、”私と出会いがあると良いですね”程度のことなのかもしれない。

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「醜いこと」と「汚いこと」の違い

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これは、フォトショで線描きしてますが、こういう作品を良しとするかしないかは観る人の感性に因るので、”私と出会いがあると良いですね”程度のことなのかもしれない。

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「醜いこと」と「汚いこと」の違い

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自分の能力・適性が分かったころには既に73年が経っていた・・
それが、最近の私の率直な感想。
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たぶん、IQと言われるものは平均くらいで、
多くの人たちが持ち合わせる「共感力」は不足気味、
「システム化力」と言われるものがかなり長けていると思われる。
また、老化の速度が緩やかで、周囲がどんどんボケている中で、
欲深くも知的好奇心は衰えることもない。
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ピカソの絵画を観ているうちにその仕組みは分かってしまう。
ピカソがどのような順序でどの部分から描き始めていくのか、
どうして、そこにその色を置くのか、
逆算して、分かってしまう、少なくとも分かったような気になってしまう。
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ところが、ピカソのような絵が描けるか?と言えば、
それは別の問題があって、
仕組みを読みとるということと制作することは別のことであるし、
制作には”動機と胆力”が欠かせない。
近々、100号のキャンバスにアクリルで描こうと思っているが、
そこまでの動機に出会えるか、胆力が残っているか、
・・そろそろ始めないと、残された時間が少ないことも分かっている。
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Tef ”私と出会いがあると良いですね”程度のこと

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「醜いこと」と「汚いこと」の違い
あるモデルさんから、その違いが分からないと言われたので・・その返答として。
醜いことというのは、外見も内面も含めて(自身の中で)頻繁に普通に起こっていることであり、特別なことではない。 汚いことというのは、倫理観においても美的な感覚においても、人は本能的に歓迎しない・・・これはあくまでも言語的な解釈であるが、アートの世界においては”最もシビア”に向かい合うべきであると私は考えている。 何をもって「醜いのか?」、また、何をもって「汚いのか?」、それぞれ個人によって判断する感覚は違うし、その基準も多様である。
私の子供の頃は、捨て犬というのがうろうろしていて、やせ細って、その上、怯えていて・・僕の目には痛く醜いことであったと記憶してますが、その犬を決して汚いとは思いませんでした。 たぶん、生きるものの必然として子供心に受け止めていたからでしょう。 ところで、私の住んでいた近くにはどぶ川と言われる生活ごみや油の流れる川があって、それは汚いと思いましたね、この汚さは必然ではなく人為的な原因よるものだからです。

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Tef パーソナリティーもそれぞれの写り込み方があり