
「遊郭に入ったのは十七の春だった」
雨の降る吉原の夜、白く霞む灯りの中、花魁・紅葉(もみじ)は手元の文机に向かって筆を走らせていた。緋色の着物に金糸の刺繍が施された豪華な姿は、訪れる男たちを魅了するために整えられている。しかし、紅葉の心はその華やかさとは裏腹に重い。
彼女がこの遊郭に入ったのは十七の春だった。江戸の世も末期、父の商売が傾き、家族を支えるために彼女は自ら吉原に身を投じた。以来、十年の月日が流れ、彼女は今や名実ともに吉原を代表する花魁となっていた。しかし時代は変わりつつあった。

紅葉は最近、客の話題に上る異国の技術や、西洋風の服装に興味を抱いていた。特に印象に残っているのは、ある客が話した文明開化の話だ。汽車やガス灯、レンガ造りの建物――それらの話を聞くたびに、紅葉の心には焦燥とともに期待が芽生えた。彼女は、自らの未来がこの閉ざされた遊郭の中で終わることを恐れていたのだ。
ある夜、紅葉のもとを訪れた若い書生が、ひとつの新聞を差し出した。「紅葉さん、これがいまの時代です。あなたのような才知ある方が、この世に埋もれるのはもったいない。」彼の言葉に、紅葉は胸を打たれた。新聞には、明治政府が新たに女子教育の必要性を説く記事が載っていた。
その日から、紅葉は自らの余暇の時間を使って書物を読むようになった。書生が定期的に届ける本や新聞を通じて、彼女の知識は広がり、夢が形を持ち始めた。「遊郭を出て、新しい人生を歩みたい」。その思いは日に日に強まった。
しかし、遊郭を出ることは容易ではない。彼女の身は吉原の掟に縛られ、莫大な借金を背負わされている。そんな彼女にとって、一筋の光明となったのは明治政府の新しい法令だった。身請けの条件が緩和され、自由を求める女性たちに新しい門戸が開かれたのだ。

ある冬の夜、紅葉は決意を胸に秘め、吉原を去る日を迎えた。書生の助力を得て、彼女は自らの手で新しい道を切り開いた。去り際に振り返った吉原の灯りは、過去の彼女を映し出すかのように揺れていた。
明治の町で、新しい生活を始めた紅葉は、かつての自分を忘れることなく、他の女性たちの支えとなる活動を始めた。読み書きの教室を開き、遊郭にいた頃の知識や経験をもとに、女性たちの自立を促したのだ。
やがて、紅葉の名前は町の人々に広く知られるようになった。彼女の生き様は、江戸から明治への移り変わりを象徴するものとなり、時代の荒波の中で自由を手にした女性の姿として語り継がれた。
そして、彼女がかつて吉原で書き続けていた日記は、一冊の本となり出版された。そのタイトルは『紅葉の夢』。それは、江戸の華やかさと明治の新たな息吹を織り交ぜた物語として、多くの人々の心に届いた。

フォトエッセイ 「恥ずかしいです・・姿を見られるのが怖いです」