国連の機能が崩壊しました・・

”国連の機能”が崩壊した・・

ユーラシア大陸(ヨーロッパからロシア、中国)で起こる歴史的な事実の本質を理解することが難しい。 なぜ、難しいのか? それは、この国、日本には”奴隷”がいたことがなかったからです。 時代の変わり目には大きな戦い(戦争)はありましたが、負けた側のトップの数人は首をはねられ(または、切腹)、それ以下の兵は奴隷にされるようなことはなく、出身地に返され農民として元の生活に戻れたわけです。 また、負けた側の婦女子を性の奴隷にするようなこともありませんでした。 ところが、ユーラシア大陸では、負けた側の男は労働力としての奴隷、女子は性の奴隷、文化財などもことごとく破壊されたことも多く、多くの戦争においての残忍さは想像もできない程です。 この国では、宗教的な対立などもほとんどなく、民族も言語もほぼ同じであることからなのでしょう、例外はありますが、相手側を根絶やしにするようなことはしませんでした。 

ロシア史を考えるとき、13世紀にチンギス・カンによって征服され、近代では、ナポレオンによって、20世紀に入っては壮絶な独ソ戦が二回あり、戦死者の数も数百万から数千万人にのぼります。 大陸の中央に位置することから、侵略されたことはあって、侵略した歴史はほとんどありません。 だから、ロシア人の多くは祖国を守る戦いはあっても、他国を侵略した戦いはないと考えてます。 彼らの遺伝子には、いつ侵略されるか分からない・・という”被害妄想”が常に付きまとっているようです。 多くのロシア人がウクライナを侵略しているとは考えない理由がここにあります。 今回の”出来事”も、一人のとんでもない独裁者がやらかしたことと捉えるのではなく、第二次大戦以後77年間続いてきた平和維持のための”国連の機能”が崩壊した・・という現実と(我々は)向き合うことになった・・と考えるべきでしょう。 

Tetsuro Higashi Photograph pose

”楽しめるための遊び”が必要

最近、考えるようになったのですが・・好きでやってることと、それを楽しんでることとはずいぶん違うんじゃないか?と。 好きを続けて行くにはそれなりに努力が必要なのです。 また、そのことを続けていく理由も必要になってきます。 そもそも、何かをやる理由を捜してるようじゃ、楽しめてないんじゃないか?と。 

・・このようなことを撮影を続けることにおいて話しているわけですが、これが「生きる理由」を考えるようになると、そのようなことを考える今の自分の状況が悪いのではないか?と思うんですよね。 ・・の理由とか、・・の意味とかを考えてる状況を変えないといけないんじゃないかと思いますね。 理由とか意味を捜してるようじゃ、楽しめてませんからね。 

これまでの撮影記録(作品画像)を見返してみると、楽しめてる時が良い画像が残ってますね。 努力してる時とか迷ってる時の記録はイマイチなのが多いんですよね。 10年前の写真が案外良いのが多いのは、夢中になってるし、楽しめてるんですね。 海外で展示会をやるようになって、多くの人の眼に晒されて、高額で売れたりすると、努力することが使命になってきますからね、良い作品にして”当たり前だ”みたいな意識ばかりが強くなり、苦しいばかりで、ぜんぜん楽しめてないんですよね、反省ばかりですが・・ ”楽しめるための遊び”が必要なのでしょうかね。 

全身アトピー とれでも”笑顔”

この人は撮影前に「全身アトピーなんですが・・」と言われた。 こと、女性にとってはアトピーというのはかなりつらい状況であることは分かります。 でも、この笑顔で撮れるのだから・・試練を超えていける人は、本当の笑顔になれんだね。

Tetsuro Higashi Photograph Joy

静かに死と向き合えそう

画像:Ai Sena Uria

老年の悲観というのだろう、わが命の陰りを感じることがある。 

人生とは後戻りできない先の見えない一本の道・・と言われる。 

今、その道のどの辺にいるのだろう・・ 

死は誰にでも平等にやって来ることだが、

それを”旅立ち”とするのか”消滅”とするのか、いや、私は”解放”と捉えたい。 

現世ではたくさんの“荷物”を背負ってきたので、

それらから解放されると考えた方が、静かに死と向き合えそうなのだ。 

写真家の素性

写真家って、いろいろな人がいて、いろいろな個性を発揮してたり、じんわりといいテーストを想わせる人がいたりと、様々で・・その人の狙い処が”絵”になってれば、それで十分なわけですね。 

また、写真作品というのは、作者の”素性”なるものがそのまんま見えて来てしまうのが面白いというか、見られていると思えばちょっと怖いですね。 僕の素性は”行ったきり”なので、理性とか理念とか哲学みたいなものはなくて、何処かに迷い込んで、”帰り道を捜してる小学生”ようなもので、我がままにはしゃぎまわれそうな、そんな場所を探し続てけているみたいです。

Tetsuro Higashi Photograph X