「死」は、あたかも”現世からの解放”

死にたくても死にきれない人がいる・・と同様に

生きたくても生きれない人がいる。

いずれにしても、

「生」への執着と「死」への恐怖が背景にある。

いつからなのだろうか・・

「生」への執着は薄まり、

「死」があたかも”現世からの解放”と捉えられるようになったのは。

あなたの「命」はあなたのものではない

あなたの「命」はあなたのものではない

人はいつしか生まれて来て、活動期を経て、いつしか去っていく。

自分の意志で生まれてきたのでもなく、

また、自らの意志で”終わり”を決められるものでもない・・

僕は、そう思っている。

両親が有名人で、一昨日亡くなった方がいる

自ら、”終わり”を選んだのでしょう

家が近くのこともあって、

母親がその子を抱いて僕の横を通り過ぎていくのを

昨日のことのように覚えている。

僕は芸能界音痴なので、

その母親が誰であるか?その時は知らなかった。

生かされている「命」

事情があってにせよ、自分で終わりを決めてよいのか・・

それとも、「生」に対する執着が薄いのかな・・

自由と不自由、どちらを担保する?

”自由”が担保できれば、大抵のことは我慢します・・

不公平・不平等・富の格差など・・

能力主義が生む様々な歪とか。

最近では、勝ち組と言わず、上級国民とかいう言い方も出てきたけど。

表現とか言論とか・・

そういうところで規制が入ることだけは困ります。