「作品撮り」だけでは食ってはいけない

写真の評価基準または、展示会などの選抜基準・・

写真がアートであることを前提とするなら、

そのような基準を語ることにも意味はないことですが・・

文学や歌には言葉の壁がありますが、写真には壁というものは存在しません

この壁がないことがビジュアルアートの何よりの強みであり、シビアな世界でもある

地域性(国境)を超えてシェアされていくときに、

評価・選抜基準、人気指標なるものは必然的に生じてくる

専門的に評価をするのは、

キュレイター(学芸員、評論家と訳してよいのか?)、ギャラリー運営者、絵画なら画商

いわゆる、”目利き”の存在

キュレイターに認められて、展示会やギャラリーに紹介されることもあれば

ギャラリーからの直接的なオファーもある

この”目利き”と言われる人たちがどんな人たちか?と言えば、

新たな才能ある写真家を見つけ出し、世に知らしめ、評価を高め、

より高い値段で作品(写真)を売ること・・・

当然のこととして、経済的に成り立たないことには手を出さない

1000ユーロ位までなら、普通の人にも買えるが、

3000ユーロ以上となれば、コレクターと言われる(一部のお金持ち)しか、手が出ない

これらは、ヨーロッパでの基準であり、

アメリカならば、同様な評価の作品でも2倍近い金額で取引される(僕の推測ですが・・)

じゃ、売れる写真というのはどういう写真なのか?

クオリティーが高い作品ということは当然として、

その写真家でしか撮れない写真であること、何よりも個の持つ美意識が勝っていること

たとえ、クオリティーが高くとも、

以前にどこかで見たような写真であれば、売れる以前に評価もされない

・・・シビアなのは、これらの評価がグローバルな基準にあること

”目利き”と言われる彼らは、インターネットで世界中を網羅している

それから、お気に入りの作品を購入することは当然ですが

コレクターの多くは投資として写真を購入していること

・・・将来、値が上がるかどうか?

また、既に高い評価を得ていて、

購入してもその値が下がらないと考えていることなど・・

フォトグラファーにはつらいことであるが、

「作品撮り」だけでは食ってはいけないこと

一流と言われる写真家を多く知っているが、

「作品撮り」だけで生計を立てている写真家に会ったことはない。

 

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