努力する人より、そのことに夢中に

努力する人より、そのことに夢中になってやっている人の方が、上手くいくことが多い。 また、夢中になりながらも、自分がしていることが客観視できる人がなお良い。 見張りの自分を付けることが良いようだ。 また、裏を反せば、そのことに向いてないので、努力が必要となることもあるのではないか・・と考えている。

個性を知らないと指導は難しい

”全てのものへの尊厳”へとなって備わる

その人に”尊厳”が備わるとき、それは、ともすれば”心の闇”となってしまうようなことが、それから逃げずに受け止め、背負って生きる覚悟が出来たとき、”全てのものへの尊厳”へとなって自らに備わってくるような気がしてならない。 

努力する人より、そのことに夢中に

”男っぷり”にカッコよさを覚えることもある

私はたくさんのモデルを撮っているが、そのモデルに抱く感覚・感情は様々です。 その人格に愛情が持てるとき、体に愛を感じるとき、センスの良さに魅入ってしまうとき、女性らしさに魅かれるときもあれば、”男っぷり”にカッコよさを覚えることもある。 この体は私自身でもあるからと、堂々とカメラの前に立つ人もいれば、常に恥じらいを見せながら撮影現場を共にする人もいる。 体がそれぞれであるように、感覚・感情も色々で、私に対して抱くイメージや感情もいろいろだろうし、でも、撮影するという共有する時間を”喜び”に思えて頂けば、この上なく嬉しいし、私も続けて行けるのです。 

この人の子供になることになった・・

笑顔の向こうに静かな悲しみはみえるかな

笑顔の向こうに、静かな悲しみが見えるかな・・

笑顔が愛おしく見えるのは、

笑顔の向こうに静かな悲しみが控えているから 

大切な人を突然失うとか 

まだ形を成さない命が去っていくこととか 

人はそれぞれに悲しみに立ち会ってきたからね 

笑顔の向こうに静かな悲しみはみえるかな

”男っぷり”にカッコよさを覚えることもある

”マスク外しっこ”みたいなゲームをしそうな気もする

この国の人たちは”管理”されるのが好きなのだろうか? いつまでも、マスクを続けることにさほどの抵抗がないようなのだ。 子供たちに至っては、誰一人としてマスクを外そうとしない。 僕が子供なら、叱られること覚悟で、”マスク外しっこ”みたいなゲームをしそうな気もするのだが、そんな子は皆無なのだ。 おかしくないかな? なぜ、そこまで飼いならされているのか? 

笑顔の向こうに静かな悲しみはみえるかな

”聖域”なのですね、カメラを構えているときは

このモデルさんだからか、私が撮り、私が編集するからなのか、ドロドロなグロテスクな画像にはなりません。 こういうアングルで撮れば、”厭らしさ”はあるのでしょうが、お洒落な感覚で観れるでしょ、その理由は、”オヤジ感覚”ではなく、いつまでも”子供感覚”というか、こういう場面は”聖域”なのですね、カメラを構えているときは。

 

”マスク外しっこ”みたいなゲームをしそうな気もする

カメラの性能が良くなると撮影は易しくなる

これまでは、このようなアングルで撮ることが難しかったが、プレビュー画面を見ながら撮るようになって、撮影が易しくなりました。 ファインダーを覗いて撮れば、モデルに覆いかぶさるような立ち位置になるので、また、腕を持ち上げて撮れば、アングルも広めにとれる。 IOS200でもシャッタースピードは1/5000の位まで上がるので、ブレることもない。カメラの性能が良くなると撮影は易しくなる。 

”聖域”なのですね、カメラを構えているときは

モデルさんが幸せいっぱいな感じ

今回の撮影では、モデルさんが幸せいっぱいな感じが何より良かった。 3枚に1枚は笑顔で写ってました・笑

カメラの性能が良くなると撮影は易しくなる

”遠方より、友来る”

関東エリアではないので、ちょっと遠いのだけれど、また撮る約束をしました。 多少、時間はかかるけど、バスを利用すると経済的ですね。 美術モデルとかフォトモデルの方は、バス利用に方が多いですね。 ”遠方より、友来る”という感覚ですね、この人とは。

モデルさんが幸せいっぱいな感じ