フォトエッセイ 「三度笠 小さな宇宙」

ーーー 彼女へ贈る「物語」 ーーー

三度笠と彼女の小さな宇宙

彼女が最初に三度笠を被って巡業していると聞いたとき、僕は正直言って冗談だと思った。三度笠なんて、時代劇の中でしか見たことがない。それを現代の若い女性が被って旅をするという話は、奇妙というよりもどこか空想じみていた。でも、彼女は本当にその姿で現れた。ちょっとくたびれたリュックを背負い、黒いスニーカーを履き、手には鞄ではなく竹刀袋をぶら下げていた。

「三度笠って風を通すのよ」と彼女は言った。「キャップよりずっといい」

彼女の話し方には独特のリズムがあった。言葉と言葉の間に短い休符が挟まっているような、ジャズのベースラインを思わせる間合いだ。それは彼女の歩き方にも現れていた。どこか夢の中を歩いているようで、でも目的地には確実に向かっている。どんな道でも迷わず進むが、道端の猫には必ず立ち止まる、そんな歩き方だった。

僕たちが出会ったのは駅前の小さなカフェだった。窓からは電車の音と、時折り都会の雑踏が流れ込んできた。彼女は窓際の席に腰を下ろし、僕に三度笠を手渡した。「触ってみる?」

笠は意外と軽かった。指で撫でると、竹の編み目がひんやりと手に触れた。なんだかタイムマシンの一部みたいに感じられた。それがどこかの時代から、ひょっこりと今の東京に迷い込んだのだと想像すると、妙に心が落ち着いた。

「どうしてこんな旅を?」と僕が尋ねると、彼女は少し考えてからこう答えた。

「風の音が好きだから」

その言葉は不意を突かれるようだった。彼女の目はどこか遠くを見ていた。たぶん、僕の後ろではなく、もっとずっと遠い何かを。彼女にとって旅は移動そのものではなく、風と語り合うための儀式だったのかもしれない。三度笠を通り抜ける風が彼女の体を通り抜け、それが次の場所へと彼女を導いていく。それが彼女にとっての「巡業」だった。

彼女は竹刀袋を開き、そこから短い笛を取り出した。「これ、祖母がくれたの」と言いながら、それを唇に当て、少し低い音を奏でた。それはまるで古い映画のワンシーンのようだった。笛の音はカフェの空気を震わせ、すぐに消えたけれど、その余韻だけが僕の耳にずっと残った。

「どこまで行くの?」僕が尋ねると、彼女は少し笑った。「どこかって決めると面白くないのよ。ただ、行き着くところまで行くだけ。そういうのって、いいでしょ?」

僕は頷いた。彼女の言葉には不思議な説得力があった。彼女は三度笠を被り、笛を吹きながら、風の中を歩いていく。何かを見つけるために、あるいは何かから逃れるために。でも、どちらでも良かったのだと思う。ただ、彼女にとって重要なのは、歩き続けることそのものだった。

僕が最後に彼女を見たのは、新宿駅の雑踏の中だった。三度笠は人混みの中でもひときわ目立っていた。彼女は少し振り返り、軽く手を振った。それから、電車が通り過ぎたとき、彼女の姿は忽然と消えてしまった。まるで風が彼女を連れ去っていったかのように。

そして僕は今でも、風の音を聞くたびに彼女を思い出す。彼女がどこかで三度笠を被りながら、笛を吹いている姿を想像する。風の中を彷徨う小さな宇宙として。

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020

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