May this year be another good one.

Happy New Year from Tokyo, Japan

「なぜ、あなた方は原発を再稼働したのか?」

この疑問は、ベルギーの滞在中に彫刻家の奥さんから呈されたこと。

食事中でもあり、その返答には窮しましたね、

後で考えたら、日本語でも応えられなかったと思う

ドイツもイタリアも国民投票で原発廃止を決めている

隣りのフランスでは、電力の70%は原発に依存しているし、

スイスでも、原発による電力をイタリアなどに輸出している。

その奥さんの「疑問」の裏には、広島、長崎ときて、

福島まで経験した地震国の日本がなぜ今更、再稼働に踏み切ったのか? 

これほどの大事なことを国民投票で決めなかったのか?という、

率直な気持ちがあったのだと思う。

Being

Being

ここは、海外からの訪問者も多いことから、

タイトルくらいは、アルファベット表記にしておきたい

内容もフランス語か英語で書けばよいのだろうが、そこまでの語学力はない

”作品ありき”で続けていこうと思う

FBでのコメントを読みながら、

展示会での来場者の反応やらを見ながら、

どのように作品が伝わっているのか、様々に観察している

その人の”背景”の違いに興味がある

気候の違い、言語の違いから来くる思考の差異、

その有無は別として宗教観の違い、歴史的・文化的背景、

大陸か、半島か、島国か、の違いによる地理的相違など。

インターネットの普及から、それらの差異は埋まりつつあるが、

それがゆえに、個人の在り方の違いは、

ますます”顕著”になつつあるような気がする。

reason for existence

reason for existence

直訳すれば「存在の理由」ということになるが、

「存在する意味」と訳したい

私には交通違反程度の不法行為はあっても、いわゆる、法を犯したことはない

ただ、「道義的責任」となれば、

自分が感知する範疇だけでも相当数になると思っている

無宗教な私には”懺悔”という行為(慣習)は存在しない

したがって、歳を経るごとに”悔い”は積み重なる一方だ

今や、リュックサックいっぱいの”悔い”を背負い込んでいる

おかげで、若い頃よりずっと、”足腰”は強くなった。

Something’s changing

Something’s changing

最近、何かが変わってきた

展示会をとおして、今までに出会わなかったであろう人たちに出会い

人はそれほど孤独なものでないことを知り

”理想の地”なるものがあるわけもないことを悟る

自分の写真歴はNikon D3 が出た時から始まる、8年前である

写真家としてのデビューは3年半前、2015年3月、イスタンブール

巨匠と言われる人たちに混ざり、

地球の裏側からやって来た無名の新人として。

その後、アルル、北京、原宿、ベルギー、パリへと続く

来年はどうなるのだろうか?

そんなことを考えるとき、作品制作とは別に、

一つの確信に近いものを感じている

「観に来てくださった方たちを手ぶらで返してはならない」と

ドイツからベルギーまで車で来てくださった方がいる

パリでは、近場の方もいるのだろうが、地下鉄を乗り継ぎ、

TGVではるか遠くから来場される方もいる、国境を越えて

「今日はいい作品に出合えた・・来て良かった」

そう思っていただくために、自身と今一度、向き合っていくことになる。

presence

presence

フォトグラファーが画像をセレクトする際、

指先の使い方で選んでいることが多い

どんなにポージングが良くても、手先が遊んでいればその画像は使わない

画像に緊張感がなく、弛んでしまうからだ

それから、普段から鏡を前にしてポージングを研究することは当然として、

それよりも大切なことは、

光が自分にどのように差し込んでいるかを感じることだと思う

私の場合は、正面位置からの強い光はまず入れない

左右から、時には斜め後ろ位置から光を入れることも多い

光が鼻の頭をかすめるくらい、

外での撮影ならば、夕日を背景に逆光で撮影するような感覚、

美術モデルも兼ねているモデルなら、

フォトグラファーのシャッター回数が多くなるポーズ、

それを体感で覚えていくことだと思う。

in my life (John Lennon)

in my life (John Lennon)

忘れてならないことがある
既に形を留めず 永遠に帰らぬ
そんな場所があることを
戻らぬものも 残りしものも
全てその場所ごとに
その時を刻んでいる 今も

その時その場所を彩った恋人も
そして 私を囲んだ人たちを
私は、いつも想い出す 

今はもう還らぬ人を
今なお健やかなる人を

忘れてならないことがある 
既に形を留めず 永遠に帰らぬ
そんな場所があることを

….. 訳詩・tetsuro higashi

武藤昌平

武藤昌平 作品

多摩川沿いを散歩した
時系列は不鮮明だが
朧な記憶を反芻しては
とぼとぼと歩いた
北風が強かった
黒い小型犬を三匹連れた婦人が
烏の群れを罵っていた
へら鮒釣りに恋い焦がれ
足繁く通った砂利穴が
工事用ネットで囲まれていた
鵜と白鷺と鴨が風に揺れ
波立つ水面で寄り添っていた
川岸は風化し無色無言だった
三万歩あるいて部屋に戻った
こんなに歩いたのに
一歩も過去へは戻れなかった

   ・・・ (文)武藤昌平

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私は以前からこのお方(武藤昌平)のファンである

作品が、心地よく美しいからだ。

私は今、世田谷区に住んでいるが、

以前は神奈川県中野島に10年ほど住んでいた

休日の午後には、多摩川の稲城辺りの神奈川県側をよく散歩した

住む場所も散歩するエリアもよく似ている

年のころは、僕の方が少し年上かもしれないと思っている

ここに私は、アーティストのあるべき姿を見る

彼の存在は、何よりも励みになる。

私は、小説を読まない・・


私は小説を読まない

物語が好きでないのではなく、

それよりも興味深いものが沢山あったからだと思う

音から発せられるもの、ビジュアルから見えるもの

それらが優先されたからだと思っている

したがって、感覚ばかりが先行し、

言語による具現化された「他人の人生」を知らないまま生きてきたように思う

要は、人生のスタートで、他人の経験を疑似体験していない

これらのことから、

安易な人生を送ってしまったのかもしれないとか、

しないで済む失敗もしたかもしれないとか、

言葉で伝えればよいところを、それが出来なかったことによる誤解とか、

もう少しましな人生になっていたかもしれないとか、

いろいろと考えてしまう

とは言っても、

もう一度やり直せたら・・などという未練がましいのは性に合わない

人生は一度で十分だし、そう長生きしたいとも思ってない

過去を振り返るつもりはないし、後悔することもない

ただ、”自分が犯した罪(道義的責任)”から逃れるつもりもない。