モデル志望

絵野めぐみ https://eno-meg.amebaownd.com

日本の美術モデル&フォトモデル : Megumi.E

目の前に見てるのが実像で、鏡の中で見る像を虚像とします。 実際に撮る場合は、実像にフォーカスするか?鏡の側にピントを合わせるかは、難しい選択になります。

この画像は実像にフォーカスし、虚像はボケてます。 一般的には、鏡の中の虚像に焦点を合わせ、実像をぼかすのが普通です。

鏡を使う”効果”は、手前側と裏側とを同時に見ることが出来るという”マジック”というか、本当は見えないものを見てしまおうとする”冒険心・好奇心”に応えているようでもある。

バスルームなどでの鏡を使った撮影は以前にもしてますが、鏡を取り出しての撮影は今回が初めてとなります。

ですから、私としても撮り方が良く分かってません。 モデルさんも困ったと思います。 どう演出してよいのか?分からないまま、撮影が終わってしまった・・と思います。

ここからは、ランジェリーを使った作品になります・・

私は、ヌードクロッキー会、デッサン会へも多く参加しいることもあり、モデルの当たり外れがあることは過去に多く経験している。

写真撮影と同様、ヌードで立ってさえいればお金になると考え、バイト感覚でモデルをしてると思われる方を多く見かける。 主催者側も描き手もそのことは十分察しており、本気モードで描き手に勝負をかけてくるようなモデルを優先して入れるようになっている。 ここでも、良いモデルだけが残り、淘汰は起こっている。

クロッキーモデルと写真モデルの違い・・写真モデルでは体全体だけでなく、顔の表情・表現も求められる。 そのことを安易に理解してしまうと、(笑顔の)カメラ目線の顔を作ってしまう。 

最近、私が痛感してることは、役者がいかに難しいか! 台詞を言いながら、身振り手振りを交えて、顔の表情を作っていかなければならない。 フォトモデルも、体全体でポージングを創り、顔の表情までも‥となれば、それはかなり難しいことになる。

ところで、過去に役者さんを2人ほど撮ったことがあるが、無表情な顔になっている。 後で話を聞いてみたが、役柄が決まらないと表情は創れないと言われました・・納得。 

今回の撮影の中では、

この画像がベストのように思う。 

足が綺麗に写り込んでいるし、

流れるような勢いもある。

ページビューが増えてるせいか、僕の画像をインスタなどにも載せてるせいか、「撮影依頼」が増えている。 新たに、北九州の人、大阪の人、千葉の人。 コロナが過ぎたら、是非!という話になっている。 

そう言えば、先日、このモデルさんに「体に入り込む光を感じよう!」という提案をしました。 この画像は僕の好みでもあるのですが、体の微妙な凹凸が写り込んでいる。 これは、体の形状と光のあたり方の成せる技で、モデルの素養として、光のあたる角度を感じながら、ポージングすることはとても大切であることを伝えました。 

これまでの画像は、ランジェリーなどを使いながらの撮影になっている。 理由は二つある・・一つは、ランジェリーでも面白い写真が撮れることに気付いたこと。 もう一つは、インスタ・フェースブックなどの検閲が厳しくなり、ヌードの画像を載せることは、ますます厳しくなっていくと考えられること。(困るのは、2年前に載せた画像であるのに、「ポリシー違反である」という削除通知が来ること。 過去歴をとやかく言われると、対処しようがない)

 

上の2枚の画像から分かることは、フォーカス(視点)を替えれば絵が代わるということです。 これらは連続して撮ってますが、モデルのポーズが変わり、カメラ位置が換われば、全く異なった印象の作品になること。 モデルにとっては、どう撮られたいのか?フォトグラファーは何を撮りたいのか?によって、試みは異なること。 F値2.8で撮ってることもあり、ピントの合わせる場所によって、程よいボケも生じ、(絵画や人の眼が認識する世界に比べ)このあたりがカメラ・映像の”強み”かもしれません。 強みであれば、それをどう活かすか?が勝負どころとなりますね。

この画像などは、上からそのまま撮ったもので、特別に何かの意図があって撮ってるわけではありません。 このモデルさんは、意図的に自分を創っていこうとはしませんので、良く言えば、自然な、普通に言えば、在り来たりな画像になりますね。

モデルによりポージングは違いますし、フォトグラファーから見れば、アート的に見えるポーズも違ってきます。したがって、出来上がる画像もそれぞれ違ってきます。 このモデルさんは、当初の期待通り、このところどんどんポージングが良くなってきてます。 今後の課題は、モデルさん本人が己の魂をどれ程までに磨き、それを形(ポーズ)に出来るか?ということですね。 ポージングとは、方法論ではなく、美学・哲学の領域なのですね。

僕に確かな才能があるとすれば、それはモデルとの信頼関係を瞬時に作れること。 僕はホテルを使った撮影をすることはほとんどないし、使ったとしても、初対面のモデルさんではなく、信頼関係が出来上がったモデルさんに限る。 信頼関係が成り立っていることと、僕の雰囲気なのですかね、”ヌードを鑑賞する”ような目線ではないのかもしれませんし、だから、モデルさんは普段ならしないような”露わな”ポージングをも厭わないのでしょう。

僕が撮るモデルさんは、ほとんどが日本人なので肌が美しい。 なにより、年齢による劣化がほとんどない、というより、人生キャリアが豊かな分、より踏み込んだ味のある画像に仕上がる。 

最近は、寿命が延びたこともあるのでしょうか、私の感覚では、30代半ばくらいから、深みのある写真が撮れるようにも感じます。 20代であれば若さの勢いで、40代以降であれば”人生そのもの”がとれるようにも思います。

一部の日本人写真家には、若いほど、ミックスであれば、白人であればよい写真が撮れるという”勘違い”がありますが、私はそのように思ったことはありません。 人種がバラエティーに富めば、個体差は広がり、多様性も富むことは事実ですが、出来上がる作品自体の深みには無関係です。

この角度からあの部分は撮らないとか、そういう”タブー”を作ることは嫌だからね。 それに、ある部分をターゲットにして撮ることもない。 いつも全体を見ながら撮影してるので、何処がどういう風に写ってるか?PCで確認するまでほとんど見えてませんからね。 他のカテゴリーでは、「モデルのコメント」も載せるようにしますので、撮影中、写真家の僕をどう思っているのか?いろいろと興味深いですね・・楽しみにしてください。

これら前後の2つのカテゴリーでは、”大量”の小麦粉を使ってます。 1袋くらいですかね、お好み焼きが10枚は焼ける量ですね。 

背景はいつも通り、キャンバスにアクリルで描き、その上から小麦粉をぶっかけてます。 人物にも同様にぶっかけるわけにはいかないので、モデルにシャワーを浴びてもらい、皮膚が濡れた状態でその上から”丁寧”に僕が小麦粉を手で塗してます。 先日、別の撮影の機会に、「あの時は僕が手であなたの全身を撫でるように粉を塗してたけど、モデルとしてはどんな感じなの?」と聞いたところ、「東さんはけっこう楽しそうにやってましたよ」という答えが返って来た。 自分ではどうだったのか記憶してませんが、楽しそうだったと言われれば、作品創りなのでその通りであり、しっかりした作品にしなければ、アートに託けたスケベオヤジになり下がりますからね・・どういう制作過程であれ、結果が全てなのでしょう。

このページでは、書けないこと、書かないことがあることは当然ですね。 嘘は書きませんが、事実を書かないとはあります。モデルのプライベートを守るためであり、私を守るためでもあります。

このモデルさんの住まいは関東エリアではなく、高速バスで4時間くらいのところから撮影のために、年2回位のペースで僕のスタジオにやってきます。 絵画であれフォトであれ、芸術系のモデルを志してます。 出会った頃は、芸術系のモデルに必要なことは何か?を尋ねてきました。 僕はそれに対して明確な答えはないし、確かな方法論もないことを伝えてます。 なぜなら、人はそれぞれ多様であり、その在り方もしかり、自身を芸術モデルとして”確立”することも人それぞれだからです。 言葉では伝わりませんから、絵(写真)にして伝えようと試みてます。ここに載せてある写真が全てそうです。 自分がどう写り込むかを知ることから始めると良いと考えてます。 その映り込みを観ながら、自分の(カメラの前での在り方を)積み上げていくことだと考えてます。 

アートに関しては、自分の在り方は語れても、他者を指導したことはありません。 ただ、僕と共同作業をすることで学んだモデルさんは多くいるとは思います。 ですから、指導はできないが、学んでほしいと思います(アートは教えることではなく、それに関わるものが自ら学ぶことと考えてます)。 モデル志望の方がこのページを見ているなら、良い制作者とコラボすることを薦めます。 そして、自ら学んでください。 良い制作者は多くを語りません。 なぜなら、良い制作者の多くは他者から教わったのではなく、自ら学んだという経緯があるからです。 何事も、主体が自分の側にあることが基本です。

撮影することに関して、僕がその責任が重いと感じることがあります。 それは、モデルがその撮影のために(頭のてっぺんから指先まで)目いっぱい仕上げてくるわけですから、それに応えられないようでは、写真家は人としてもクリエイターとしても失格なのです。 

そして、ここでは撮る写真がほとんどヌードであることです。 そのモデルのネームと画像が一致することは、その人のプライベートを脅かすことにもなります。 常に担保しておかなければならないことは、「アート的に素晴らしい作品」にすることです。 グラビアじゃなくアートなのだ・・という説得力のある作品でなければなりません。 

このページをご覧になる方々、PCで観るのとスマホで観るのとでは全然違って見えます。 もちろん、PC用に作成してますので、ぜひ、PCでご覧ください。先日、このブログの話をしていたところ、何だか話が合わないなぁ‥と思ったら、その人はスマホで観てました。

この前後の写真は

かなり僕のお気に入りです

勢いがある!

きわどいアングルでの撮影が続きますが、アートとしてカッコ良いので敢えて載せてます。 モデルの心意気が伝わる作品群ですね。 モデルのポージングと最もアートになる瞬間をとらえようとする写真家の”気合”がこのような作品を創るのでしょうね。

それと、タブー(撮ってはならないアングル)はなくしたいですね。 このタブーと言われるものは、モデルさんによってかなり違いがあります。 初めてのヌード撮影であっても、全く拘りの人もいますし、いつまでも拘っている人もいます。 こだわりがあれば、ポーズがきつく?なるというか、撮る方も撮りにくいですね。 ・・ということで、”あそこ”が写ってはいけないというタブーはなくして撮影に臨みましょう。

確かに、モデルのプライバシーや安全を守ることが難しいことは分かっている。 その点、ペンネームでモデルをしてる人は比較的安全であるが、最近、FBなどでは実名でないと登録できないこともあり(インスタはハンドルネームでOK)、ここでは、実名を載せている場合もあるが、イニシャルで載せるとか、フルネームでは載せないことも多い。

美しく、カッコ良ければ、アングルにタブーはない。 この画像のモデルになった方へ「この画像を使ったとについて、どう思うか?」確認したところ、普通の写真家なら許可しないが、東さんなら、”仕方ない””という返事が返ってきました。 その対応には素直に感謝したい。

モデル志望の方、撮影してみませんか? ただし、アート系の作品撮りになります。 また、プライベートだけで自分だけの「記念撮影」も受け付けてます。 容姿・スタイルに自信があるとかないとか・・そんなことはアート的作品においては関係ありません。 自らの内面をヌード(もしくは、ヌードでなくても)に還元することです。 自己の内面を”形”にすることは、自分自身に自信を持てるようになることです。

Megumi.E ブログ: https://un-grn.com/blogs/eno-megumi/6234/

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