”手抜き”という行為

”手抜き”という行為

画家で言えば、モジリアーニの絵画を知ってる方は多いと思います。 一見すると下手な絵に見えますが、完ぺきなまでに”手抜き”をしているわけです。 最近流行りの、リアルな完ぺきなまでに写真に近いような、写真を超えていきそうな絵画を制作する画家がいますが、たぶん、そのような絵画は後世には残らないでしょう。 

”手抜き”とは、人の想像(創造)領域を意識的に残そうとする行為です。 アートを真に鑑賞する者は、想像(創造)力の働く作品を好みますが、想像(創造)力の入り込む余地のない作品を好みませんし、認めません。 

写真にも同様なことが言えて、どのように”手抜き”するか?が勝負になります。 人は学ぶことによって、何事もどんどん上手くなっていきます。 写真にも同様なことが起こります。 真に上手い写真というものがあるとすれば、(普通に言うところの)完ぺきな写真ではありません。 絶妙なまでに”手抜き”された写真です。 才能ある写真家は、無意識のうちに、また、生まれながらにして、それらを心得ていると思われます。 

model : Kanako S

First Impression https://tetsurohigashi.com/first-impression/

ストーリー性

このモデルさんの写真をまとめていたら、そこには、「ストーリー性」というテーマが見えてきた。

僕は、モデルの創るままを撮るので、僕らしくない「Web展示会」になります。

写真における「ストーリー性」  https://tetsurohigashi.com/with-a-story-line/

ジョアン・ミロの生まれかわり

全ての作品は、過去の誰かの作品に似ている・・というより、感性の出何処が近いのだろう。

私の直感ですが・・ジョアン・ミロの生まれ変わりのようにも見える。 それも、この国で、書道家として。

Japanese Calligrapher : hiro 河内裕美

https://tetsurohigashi.com/japanese-calligrapher-hiro-%e6%b2%b3%e5%86%85%e8%a3%95%e7%be%8e/

Oiran Beauty

Oiran Beauty

model : Mio . F .

Traditional Arts Oiran https://tetsurohigashi.com/traditional-arts-oiran/

私は、色彩の写真家

明暗よりも色で見る

また、アングルは上手に収めるのではなく、

観る者に無限の創造力を提示する・・

そして、画面に如何にスペースを創るか、

そのスペースこそが、感性の扉である。

日本の伝統美・花魁

日本の伝統美・花魁

コケティッシュな「花魁」

本来の花魁のイメージとは

真逆になっている。

それでも、これも、花魁。

Traditional Arts Oiran https://tetsurohigashi.com/traditional-arts-oiran/

価値観

人の価値観は25歳前後で決まってしまうという。 その価値観をかざして35~45歳くらいまでに社会的地位を築き、経済的に自立する。 多くの人たちはその地位や収入を確保するために「守り」に入る。 

守りに入った時点で、新たな可能性や価値観を受け入れようとはせず、従来の価値観の上に胡坐をかく者もいるし、鎧のように我が身を守って生き抜こうとする者もいる。 当然のことだが、若い人たちには鬱陶しい存在となる。 こうして、世代間の溝は生まれ、こうした溝は連続的に永遠に続き、現在の若者たちでさえ、明日(20数年後)は我が身であることを自覚している者は少ない。

”嫌われ者”にならないためにも、その時代が生む価値観と普遍な価値観を見極める感性が問われる。