白黒画像 コントラストを強めにする

こういう画像というのは、ほぼモノトーンに近いので、モノクロにしてもそんなに変わらないか?と言えば、そうでもなくて、ソフトの使い方によって、その印象はかなり違ってきます。 どの色を基準にするか?で明暗のトーンが違ってきますし、普通、コントラストを強めにしないと画像の良さは出てきません。

Erotic カラーを白黒へ センスというか感性を問われる

アーティスト 犠牲を省みない人が多く

ブレることとか、アングルに収まらないとか、そんなこと考えてたら、こういう写真は撮れません。 何事も面白いことしようと思ったら、何かを”犠牲”にしないと成り立ちません。 クリエイターとかアーティストとは、犠牲を省みない人たちが多くて、本人が悲惨な状況になるのは自業自得ですが、周囲の人たちもまきまれるようなことになれば困ったものですね、彼らには関わったり近寄らないことです。

AKBって、今も生きてますか?

一昔前に、AKBとかが流行っていて、今も流行っているかは分かんないけど・・これって、何のために何を目的に盛り上がっているのかが、僕には分からなくて、「選挙」なんかもやっていて、そんなことを何の理由があってやっているのかも分からなくて。

 海外に行ってみたり、海外の人と接したりしていると、彼らには、やることなすこと、コンセプトや目的意識と言われる”ベクトル”のようなものがあって、日本と比べると、合理性があったり、利便性が優先されていたり、納得しやすいのです。 AKBに限らず、日本の国でやってること、起こってること、それと、たまに下北沢に行くと、何でこんなに美味しそうな店が溢れんばかりに並んでいるとか(内心、これって、無駄じゃないの?と思っていたり)・・・訳が分からない現象とか、視界に入って来る様々な諸々のことが、理解不能というか、何処に向かっているのか分からないことばかりなのですね。 

日本に毎年のようにやって来るフランス人の友人がいますが、彼にとっては、”これら意味不明な諸々のこと”に興味深いのだと思ったりします。 10日間でもフランスにいれば感じることですが、街は汚れてホコリだらけなのですが、私が肌で感じる彼らの日常は、整然としてますし、たぶん彼らが共有しているだろう(社会はこうでありたい・・)というベクトル(方向性)はあるんですよね(少なくとも、それを議論できる下地はあるのです)。 それが、日本にいると全然分からない・・日本の未来はこうでなきゃ!という人が声たかだかに唱えてますが、ほとんどの人たちはその声に興味がないのか、多くの若い人たちには届かないのか、響かないのか、結果、その声も虚しくフェードアウトしていくのですね。 

シチューを煮込んでいる状況に似ていて、鍋の中のあちこちで湯気を上げてもこもこと盛り上がっていて、下で熱する火力を落とさないものだから、ますます加速を付けてもこもこ現象は勢いづいている。 社会自体が(漠然としていても)方向性を持っていないものだから、いろんな才能のある人が勝手なことばかりやり、社会全体が、また、街のあちこちで、カオス化していくんですね。 そんなカオスな社会を形成する人たちが、未だにマスクを外そうとしない・・ それが、私には滑稽に思えますね。