伝統は、私達にとって過去へと繋げます

伝統というのは、私達にとって過去へと繋げますが、必ずしも未来へは繋がっていきません。 着物のように形あるものは繋げやすいのですが、慣習とか思考などという無形のものは失われていくこともあるのでしょうね。

ここで載せている「花魁」の画像をどう受け止められているのか、日本でもヨーロッパでも”日本的”じゃないと言われるんですが・・

人民でもなければ神でもない、”共産主義”ですからね

グローバリストと言えば聞こえはよいが、

その陰には”恐ろしさ”も潜むことを知っとく必要はあります。

世界中が共通の価値観を持てば、

争いごともなくなり、平和が維持できるというもの。

その価値観を共産主義としたらどうだろう・・

それを実行しようとしてる国があることは周知の事実。

その価値観とは・・

人民でもなければ神でもない、”共産主義”ですからね。

ヒットラーがポーランドに侵攻した時に酷似している

習近平の3期目のブレーンが決まりましたね。

ブレーンの6人は、すべて”イエスマン”ばかりをそろえているそうだ。

ヒットラーがポーランドに侵攻した時に酷似しているという。

当時(85年前)と違うのは・・

より独裁性を強めたことを世界が知っているということ、

人民共和国という名が捨てられることも・・

人は歴史から多くのことを学んだが、

その中には「歴史は繰り返す」ことも・・

ある感性がないと聞こえてこない音

この写真を見ていつも思うのですが、

見る人が見ないと見えてこない絵じゃないかな・・と思うのです。

物理的には同じように目に入ってくるのでしょうが、

ある感覚がないと見えてこないし、

音楽なんかでも、

ある感性がないと聞こえてこない音というものがあるんじゃないかな・・

と思うようになりました。

Tetsuro Higashi Photograph sense

生き辛さ モデルを透して自分を見てきた

僕は、たくさんのモデルさんと向き合って撮影してきたのだけれど、

アングルの中に「生き辛さ」をもろに感じることがあって、

それをそのまま絵にしてきたし、

冷淡に写し撮ることに徹してきたところがあって、

”感情”が入ると良い絵は撮れないことは経験的に知っていて・・

どこまでがその人(モデル)を見てきたのか、

もしかして、モデルを透して自分を見てきたんじゃないか?

・・そんな風に最近思ったりして。

Nude art & culture in Japan, “hardships of life.”

朝から何見てんだろう!このおじさん

電車の中で、僕のブログを開けるのって、けっこう冒険でしょ

”もろヌード”が多いですから、

朝から何見てんだろう!このおじさん・・ってことになるよね。

「仙川クロッキー会」

先日、「仙川クロッキー会」に出た時に、

主催者でモデルもある人が、等身大の骸骨を横において、

人の骨格について、ポイントとなることを説明されていて、

とても興味深いものがありました。

僕らは、肉付いてる部分だけに興味があって、

それを支えてる骨格があることを意識しませんからね。

外側からだけでなく、内側から見る意識も持てるかな・・

と、思ったり。

*仙川クロッキー会