オルタナティブ(alternative)とか属性(attribute, property)

これまでなら、日本語になかった概念を言う場合、

長い言い回しになったりすることがあり、

それを英語で言えば一つの単語済ますことが出来る・・

オルタナティブ(alternative)とか属性(attribute, property)とか

そういう外来語をそのまま使う人は、

物事をシンプルに分かりやすく伝えたいために使っているだけで、

難しいことにしてるわけではありません。

EBPM 引き籠りの子供たちを可視化 

EBPM 引き籠りの子供たちを可視化

グーグルのアルゴリズムが裏に潜む検索機能・・

3ワードくらいで検索するとすれば、見たいサイト・情報に行き着ける。

そのアルゴリズムは日々更新されており、

商用サイトは、ヒット率が高く上位に表示されるための最適化が進められている。

これをネット上では、SEO対策とよんでいる。

15年前くらいだったか、

知り合いに「このアルゴリズムをよんでくれないか?」と頼まれ、

面白そうなので、4000ページあるサイトをつくり、

データを取っていったことを覚えている。

1ページに画像を5枚、テキストを500文字くらいあると

最適化しやすいことも分った。

Googleアドデンスを貼って、どれくらいの収益があるか?も調べた。

最適化するための方法論を数式化したものを送ったが、

誰にも理解されないことも同時に分かった。

21世紀のEBPMと言われるものも、この延長上にあることが分かる。

デジタルで集められた大量のデータを教育や医療でどれくらい生かせるか?

例えば、貧困やイジメで悲惨な状況に追い込まれている引き籠りの子供たちを

可視化できる日も遠くはないでしょう。

誰にもその原因・理由の解らない”謎の30年”

何だか変だなぁ・・と思っていたことがあって。

「日本の空白の30年」というのがあって、

まあ、この国は30年間、ほぼ成長してないわけですね、

GDPが1990年から今日までずっと横ばいを続けている。

この国の潜在力(ポテンシャル)を考えてみれば、

原材料やエネルギーはほとんど輸入に頼っているわけで、

食糧の自給率は50%切ってるし、

資源や食料(農業)に関して言えば、ぜんぜん豊かではないわけです。

GDPも個人所得もそんなに高くなりようがないわけです。

政府の判断(舵取り)が間違っていた‥と言うようなことを

経済学者とか評論家みたいな人たちが盛んに言ってるわけです。

小泉政権下の竹中平蔵あたりから、財政支出をケチったからだとか・・

そして、今もそれが続いているとか・・

データを出しながら、もっともらしく叫んでるのです。

他の国々を見れば、確かにここ30年でGDPは2倍も3倍にも伸びているのですが、

それを、政府の判断(舵取り)が間違っていた‥というのは、

あまりに短絡過ぎて、データの見方も分かってないのじゃないか!と思うわけです。

私がそのデータを見て思うことは・・

日本の潜在力(ポテンシャル)を考慮すれば、

1990年くらいにピークに達していて、

既に”伸びしろ”がなかったのじゃないかな・・と思うのです。

他の国々は、発展のスピードが緩やかだったので、

現在に至っても成長していると考えれば良い・・と。

そもそも、GDPという”概念”は100年前に言われだしたことで、

経済規模の大きさを測る概念で、

その国が戦争したら、どれくらい強そうか・・という指標に過ぎないのです。

GDPを総人口で割れば、個人所得になるのですが、

個人所得が高いことと国民一人1人が幸せであるか・ということは別問題で、

”豊かである”ことと”お金持ちであること”をごっちゃにして考えてますね。

こういう話に反応するのは、50歳以上の方々で、

それは当然ですね、今、30歳の人から見れば、

生まれた時から現在に至るまで、金銭的には豊かになってないわけですし、

・・っで、それが当たり前だと思っているのです・

自分は幸せだと思えること

幸せになることではなくて、

自分は幸せだと思えることだね。

こうして、ここ(ブログ)でわけの分からないこと、

たぶん、それ程、意味のないことをグタグタと喋っていられること、

そのこと自体が、幸せなことなんだよね。

お金とか、名誉とか地位とか、変な承認欲求を求めなければ、

また、自分と他人と比べるようなことをしなければ、

気に入った人と会えて、

ちょっと満足できるような美味しいもの食べて、

何となく、ふんわかできる時間があれば、

それだけで十分なことなんだろうね。

辛く悲しくとも幸せな詩

辛く悲しくとも幸せな詩(うた)

この人は、何かが変わると撮影にやって来る

そろそろやってくるころだとは思っていたが、

辛く悲しくとも幸せな詩を背負ってやってきた。

それも、元旦に・・

全身にタツーをいれ、眉毛なしの坊主頭だ。

アート的な写真編集

アート的な写真編集

この写真はとても分かりやすいので、参考にしながら詳細を説明していきます・・・この画像が興味深く思える方は参考にしてください。 先ず、こういう画像にするためには、暗めに撮ってください。 写真から、その画像の輪郭だけを浮かび上がらせる(スケッチ加工)をしてみてください。 この画像をコピーして、拡大してみれば分かると思いますが、輪郭が強調されてます。 この編集によって、画像の明るさは増し、編集もしやすいと思います。 体のラインを見れば分かるように、強くラインが出ている箇所とそうでない箇所があります。 ここからは、”絵心”が必須になります。 どこもかしこも(ラインが)強くなれば、きつい印象になってしまいます。 それを回避するために、画像を拡大して(無駄と思われる)ラインを消して行きます。 鼻、口、顎あたりの輪郭はかなり強く出てますが、これは肌の白さと背景の髪の黒とのコントラストが強いことで生まれる「ライン」です。 明暗のコントラストの差が少ないところは、ラインが出てきません。 それと、グレーに見える箇所で、(ある種の色潰れを起こし)本来であれば真っ黒に見えるとこがグレーに反転するようになります・・これは、編集ソフトがクラッシュした状態になっていると思われます。 ラインが整ったら、ざらついた質感を整えるために「デジタルノイズを省く」編集をしてください。 「ソフト加工」は止めて方がよいです・・画像がボケてしまいます。

このような作業を「展示作品」として仕上げていくこととなると、10時間は軽く要しますので、かなり根気のいることなので、覚悟がないとできません。 上の作品は展示することはないので、3分で編集してますが、展示作品ともなれば、長辺100cmにもなるわけですから、アラが目立ってしまいます。 

参考資料?としては、中期のパブロ・ピカソの人物画を参考にしてください。 ラインのとり方が絶妙です。 このようなラインのとり方は、西洋人が浮世絵から学んだのかもしれませんが、今度は我々が盗み返す番かもしれませんね。

https://wordpress.com/page/tetsurohigashi.com/17799

アート感覚を有する人たち

「アート感覚を有する人たち」

この画像を観た人なら、誰氏にも同様なデータが目に飛び込んでくるはずだが、脳の中でいろいろと変換処理され、それぞれが別の画像として認識している・・というのが現実なのでしょう。 私の試みとしては、単なるヌードではなく、”データからでは見えない人物像”を提示しているつもりです。

https://wordpress.com/edit/jetpack-portfolio/tetsurohigashi.com/49324

「便秘解消のための落花生」

「便秘解消のための落花生」

僕はほとんど運動しないし、体を動かすこともしない。

比較的ではあるが、便秘しやすい体質である。

・・っで、落花生(ピーナツ)を試してみたら、

解消しましたよ、お悩みの方は試してみてください。

Anri & Yu Duo Nude お尻の競演(饗宴)