不安はつきもの・・

人は、生きていれば不安はつきものであり、

また、尽きることもない。

不安がない人がいれば、それはほとんどアホなんだろうね。

人類がこうして生き延びてきたことを考えれば、

生物学的にみても、不安があって当たり前で、

なければ、人類はとっくに滅びていたに違いない。

得体が知れない、ただ漠然とした不安であれば、まだましなのだが、

その不安が具体化すれば恐怖にかわる。

・・・これは困ったことだ。

安全とかリスク回避などが当然のように語られ始めると

不安であることが”いけないこと”のように思うんだろうね。

生きていれば不安はつきものだ‥と言うことを人は受け入れようとしない。

犬や猫を見ていれば分るが、警戒心全開でいるでしょ、

リスクを回避できるから、生き残れるんだよね。

人も例外ではないんだよ・・ 

”揺れる魂”を感じられるかどうかはIQとは無縁

著名な人たちは、概してIQが高いが、IQが高いことと芸術への造詣があるかないに相関関係がないことが分る。  ”揺れる魂”を感じられるかどうかはIQとは無縁だが、 ”揺れる魂” を創作するとなると、IQが関わってくることになる。 ビジュアルアートはさほどでもないが、音楽や小説となると、時間の概念が加わってくることになり、IQとのかかわりは深そうだ。

”揺れる魂”を感じられる人

”揺れる魂”を感じられる人は、この世にどれくらいいるのだろう? 岡本太郎のように、”自身の芸術の源”を活字に置き換えることのできる人は稀である・・彼を有名にした一つの理由。 ほとんどの芸術家は活字で説明することをしていないし、出来ない。 だから、美術館などへ行けば、「作品の評論・案内」が長々と記されている。 来場するものは、その活字を見て分かった気になれる。 ここで、ひとつの”真実”が見えてくる・・解ることよりも、解った気になれることがより重要なこと。

ピカソを理解できる人はそれくらいいるだろうか? マティスはどうだろう? 写真の話に戻せば、アラーキーがなぜアラーキーなのかを分かる人も少ない・・正直なところ、僕にもよく解らない・・・一貫したポリシーがあることだけは分かるが。