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既成観念にはとらわれない撮影であり、モデルのポージングでもある。

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Erotic 「既成観念」という言い方が正しい

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デッサン会やクロッキー会のポージングを撮っているのではなく、アートとしての作品にしていることもあり、(髪を後ろに巻きとめるようことはせず)振り乱して、ポーズをするように指示している。 髪の存在により表現の幅が広がっている。 この撮影では、カメラのセッティングは、ISO800 F値:2.8 レンズ24~40 mm。

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Erotic 既成観念には囚われない・・

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モデルのポージングをフォーカスするために、”厚化粧”をし、あえて、顔の存在感・表情と体全体の存在感を切り離そうと試みている。 美術をモデルをされる方の参考になるでしょう。 ここで分かることは・・書店で手に入る”定番のポージング”ではないことです。 定番ではなく、個の存在感をテーマにしてます。

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Erotic アート作品としてのポーズ

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ここに載せている画像は、撮影現場も違うし、撮影した日時も異なる。 なんとなく、纏まりがないのはそういう理由からです。
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Erotic pose ”テーマは”個の存在感”

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この撮影では、写り込みも考慮して、ライティングなどにもかなりの工夫を凝らしている。 私の撮影では、モデルのポージング優先なので、屏風が斜めって写り込んでも気にしていない。

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Erotic 纏まりのない作品群

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一見すると接写で撮っているように見えるが、それなりの大きさの画像をトリミングによって、部分を切り抜いている。 カメラの性質上、接写するとデフォルメしやすいので・・ここでの一連の撮影におけるライティングは、両サイドから挟み撃ちにするような光の当て方をしている。 私的には、背後に影が出来ることを避けていること、両サイドから強い光が当たるようなことは、日常的には少なく、斬新で新鮮な像のでき方になること。

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Erotic モデルのポージング優先

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他者の作品を観るとき、その撮影現場を想像することは難しい。 私の場合は、ファインダーでしか、見てないのでその撮影空間を想い出すこともできない。

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Erotic photography 光と影が創る女体の妙”

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春画には性風俗を謳歌し、一見すれば漫画のようにも見えるが、線の描写などはとてもリアルで、説得力がある。 春画のせいで、特に西洋では、日本人はとても厭らしい文化を開放的に楽しんでいるという”偏見”ではなく、事実としてその解釈は定着しているように見える。 平安時代から江戸時代を経て明治・大正と性を謳歌してきたのも、宗教的な縛りがなかったことが大きな要因だったのでしょうね。 今や、アダルトビデオなどの横行で、性の文化は安直で良くも悪くも”普通”になってしまったのかな?と、残念に思いますね。 また、”文化”ではなく、”スポーツ化”してしまったように感じる

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Erotic 撮影現場を想像することは難しい

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このような撮影はしごく日常的で、モデルと作家の距離感はほとんどないに等しい。 モデルと写真家の関係が如実に表れているようにも見える。 モデルと写真家には、制作過程において、互いの嗜好に当然のように深いところまで踏み込んでおり、夫婦や恋人以上に”接近”しているのかもしれない。

Erotic 性は文化ではなく、スポーツ