「裸の身体はただの被写体ではなかった」

Ceremony      model : Anri Mone

Anri Mone 算へのモデル依頼:https://moneanri.wixsite.com/monet

「裸の身体はただの被写体ではなかった」

彼女の名前はエリーナだった。それ以上の情報は、カメラマンのマークにとって重要ではなかった。彼にとって重要なのは、彼女が今、そこにいるという事実だけだった。

スタジオの中は薄暗く、柔らかな自然光が窓から差し込んでいた。その光は、古い木製のベッドに散らばった白いシーツを淡く照らしていた。外の風の音がかすかに聞こえる。エリーナは部屋の中央に立ち、マークが何も指示しないうちに、自分の服をゆっくりと脱ぎ始めた。

彼女の動きにはためらいがなかった。上着を脱ぎ、スカートのジッパーを下ろすと、それらを静かに椅子の背にかけた。最後に彼女はショールを肩から滑らせた。その瞬間、空気が一段と重くなったように感じた。

エリーナはベッドに向かい、慎重にシーツの上に横たわった。腕を体の横に置き、膝をわずかに曲げると、目を閉じた。彼女の顔には、ほとんど儀式のような静けさが漂っていた。

マークはその光景を見ていたが、カメラを構えることさえ忘れていた。彼は彼女がどのようにそこに横たわり、空間と一体化していくのかを見守ることしかできなかった。

「始めていいの?」彼がようやく尋ねた。

彼女は何も言わなかった。ただ、目を閉じたまま、微かに頷いただけだった。その頷きは、彼に対する承認であり、同時に彼を試すようなものでもあった。

マークはカメラを持ち上げ、ファインダー越しに彼女を見つめた。彼女の裸の身体はただの被写体ではなかった。彼女はそこに存在するすべてだった。呼吸のリズム、皮膚に落ちる光と影、そしてその静けさが彼に何かを語りかけていた。

シャッター音が部屋に響いた。その音は、彼女の静けさに対する唯一の侵入者だった。だが彼女は微動だにせず、その音さえも儀式の一部のように受け入れた。

時間が経つにつれ、彼は撮影しているのではなく、彼女が見せている何かを記録しているような気がしてきた。それは彼女の中の静寂であり、力であり、そして彼自身が決して触れることのできない何かだった。

撮影が終わると、彼女はゆっくりと目を開けた。その瞳には感情が何も映っていないように見えたが、彼女の顔には微かな安堵が漂っていた。

「ありがとう」と彼が言った。

彼女は答えなかった。ただ、服を再び身にまとい、静かにスタジオを去っていった。扉が閉まると、マークはその場に立ち尽くし、彼女が持ち込んだ空気がまだそこに漂っているように感じた。

彼女は儀式の中で何かを差し出し、何かを取り戻していったのだ。彼にはそれが何だったのか知る術はなかった。ただ一つ確かなのは、彼がそれを記録したのではなく、それに立ち会っただけだったということだった。

すべてのアート作品がそうであるように、観る者のイマジネーション、クエイティビティーをどこまで引き出せるか!が作品の価値を決めることであって、それ以外の多くの既成概念の入り込む余地はない。

私は写真家としての”責任逃れ”をするつもりはないが、作品の出来不出来は、最終的にはモデルが決めてしまう。 その意味でも、モデルの存在は大きい。 

成城学園前 仙川にて撮影

Anri Mone 算へのモデル依頼:https://moneanri.wixsite.com/monet

Naturalism Model : Anri Mone

Naturalism Model : Anri Mone

このモデルのモットーは”あるがまま”な自然な姿でいることだと、私に話したことがある。 私は、あるがままよりも創り込まれたモデリングを好む。 

モデルの在りようと写真家の嗜好が食い違うことはよくあること。 それでも、この世界も結果が全てであり、私がこれまでに撮ったきた最高の作品となっている。

Exhibition NAKED 2020 in Himeji の展示作品。 

モデルと写真家の出会いというのは面白い。 このモデルさんは、「自然であること」をポージングの基本理念としていた。 私は、自然(この場合はヌード)をどう自分の感覚に治めるか?を常に考えてきた。 “在りのまま”を撮ろうとは思っていない。

既に、この時点で逆方向を向いていたことが分る。 最近になって、彼女が変わったのか、僕が歩み寄ったのかは分からないが、”すれ違い”が解消してきたように感じている。

世の中で、普通にやられていることで、自分には理解できないし、必要とも思わないことはいくらでもある・・例えば、デッサンをするにしても、ヌードを描くのなら、もしくは、撮るのなら、解剖学的見地から、その骨格や腱などの仕組みを理解しないとヌードの”本質”はつかめないと考える人たちが当然のようにいる。 

僕は、外から見て勝手な想像が働き、感動的な対象であればそれだけで十分であると考えている。 科学的な追及(掘り下げ)の意味が分からない。 

Anri Mone さんへのモデル依頼:https://moneanri.wixsite.com/monet

このブログは、たくさんの人たちが観ているのだが、その中には、モデルをしてくださった方がたも観ている。 だから、うかつなことは書けない・・後で、叱られるから。 それにしても、このお尻は最高である。

このところ、狂ったように編集ばかりしている。 努力しているわけではなく、他にすることがないのか、根っから編集好きなのかは分からないが、仕事に8時間、生活色々に8時間、編集とブログ展示に8時間を費やし、コロナ禍で身動き取れないことのストレスもあるのだろうが、もう既に、一年近く、そんな生活を続けている。

確かに言えることは、努力してるわけじゃなく、使命感からでもなく、夢や希望を実現させようとの思いからでもなく、ただただ”自らを解放する”ためだけに続けているような気がする。

https://tetsurohigashi.com/portfolio/mone-anri/

鏡を使った撮影 model : Anri Mone

鏡を使った撮影

model : Anri Mone

鏡を使った撮影は想像以上に難しく、また、期待した以上に面白い。 入射角と反射角は、10度ずらせば、合わせて20度ずれる・・当たり前のことが、実体験として慣れるまで時間を有する。 モデルも私も、撮れた画像を確認しながら、創りあげていった。 フォーカスポイントの合わせ方・・実像か鏡の中の虚像か、常に、一人の人物が角度を変えてあたかも別人のように二人となって写り込む。

撮影は当然のこと、編集過程も難易度が高く、画質のキープが課題となる。 初めての撮影状況であったので、ライティングもこれまでの経験値では役に立たない。 Web Gallery とはいえ、失敗や反省の山を築いたのかもしれない。 まぁ、楽しめる画像が数枚あれば、良しとしよぅ・・

美術モデル&撮影モデルの依頼 : Anri Mone [official ] : https://moneanri.wixsite.com/monet/tetsuro-higashi

画像の色調が安定しないのは、編集における試行錯誤の表れで、勘弁していただこう。

Anri Mone さんへのモデル依頼:https://moneanri.wixsite.com/monet

色調を肌の色に合わせるか、それとも、画像のアート性を優先するのか・・迷っている。 これがもっともスタンダードな撮り方。 モデルは普段からそうしているように、鏡を見れば自分を確認しようとする。 それも良いが、それでは、似たような画像ばかりになってしまうので、気付くまでにそれなりの時間を要する。

この辺りは、私好みの画像が続く。

キレがよい・・

鏡は移動できるものを使用したので、太めの枠が付いている。 できれば、板状の枠なしの鏡だけのものを使用したいが、手に入れるのが難しい。

ほっとしますね、これだけ撮れれば・・

ここでは、実際に見える像を実像、鏡の中に見える像を虚像としてますが、物理的に正確をきせば、カメラのレンズを透して撮っていることでもあり、全ては虚像ということにはなります。

鏡そのものは40年前のものを使用しており、透明度に問題が生じているかもしれない。 比較材料がないのでそのことについては詳しくは分かりません。

この画像は、捉え方は上手くいってると思えるが、画質的にどうかは疑問。 ライティング、セッティング、撮り位置など全てが今後の課題。 

手にあたる光が美しくない。 虚実のコンビネーションは面白いが、背景も含めて課題が多い。

モデルにとっては、カメラを向ければ、カメラ目線になってしまうことと同様、鏡に向かえば鏡の中の自分を見てしまうことは至極当然。 

その意味では自然に撮れてはいるが、鏡をフル活用するには体勢のとり方も課題だが、目線のとり方、そして最も重要なのは、セッティングの中での写真家のカメラ位置のとり方。

カメラ目線ならぬ、鏡目線。

「僕の作品が好きだ・・」と言ってくださる人の存在は、僕にとってはとても大きい。 精一杯、自分の感覚を形にしているだけで、自信があるわけではありませんので。 

作品には出来不出来があり、長期的スパンで見ても山あり谷ありです。 スランプは必ずあります。  

私のように写真歴が(たかが)10年の者でも、過去を振り返ることがあります。 怖いもの知らずで猛進しているときは「良い作品」になるものです。 ところが、いったん評価されるようになると、怖さを知るようになります(どう評価されるか?気にするようになるからです)。 

他者の眼を気にするようになると、”媚びた作品”になったり、単に”上手な作品”になりがちです。 要するに、何処までも”自分の好き”を徹せばよいことなのですが、その方向性が掴めてないことには貫き通しようもありません。 このような迷いは、創作者の宿命なのでしょうね。

ここに載せてる画像は、僕が好きな画像ばかりで、ある意味、”客観性”はりません。 どう見えているか?よりも、僕にとっても”宝箱的な存在”ですね。 

私は、他人からどう見えているのか?を気にすることはありますが、”自分の好き”を優先するようにしてます。 今の私には、”キュレイター的存在”の人は付いてませんので、客観性を持った意見を聞くことが出来ません。 

創作者にとって、キュレーションをしてくださる人の存在はとても大きく、時として、その人の見解は”道標”にもなり、励みにもなります。 

こうして載せてみると、股間を撮りに行ってる感がありますね。 ヘソと股間は、僕にとっては絶大な意味と拘りがあります。

モデルさんにもよるのですが、ヘアーが濃いままになっている方が”絵”になると思われることもあります。 それで、僕は、少なくしたり、無くしたりしないように頼んでるわけです。

無い方は、それはそれで良いと思ってますが。 

以前にも書いたことがありますが・・ 

出来るなら、スマホじゃなくPCで見てください。 スマホでは縦長画像は表示通りに見えますが、横長の方はかなり小さく見えてしまいます。

縦長画像:長辺640ピクセル

横長画像:長辺1024ピクセル

このブログは、PC用にデザインしてます。

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Naturalism Model : Anri Mone

Anri Mone さんへのモデル依頼:https://moneanri.wixsite.com/monet

花魁の衣装とAnri Moneが繰り広げる

Web Photo Studio …….. model : Anri Mone

花魁の衣装とモデル(Anri Mone) が繰り広げる

「エロスの空間」

Web Photo Studio (ウェブ写真館)

これから下は、モデル自身のテキスト

(エッセイ、詩、文)を載せていきます。

投稿が届き次第、順次載せていきますので、

楽しみにしましょう。

model : Anri Mone の投稿から・・

「顔」

 顔は変わる。 初めましての人とお話をしたり愛想を振りまいてきた日には顔が出来上がっている。
自分で言うのもなんだが、可愛いのだ。
そう瞬間的にも変わるがじっくりと変わることもある・・・実家でアルバムを見て衝撃だった。
小学5年くらいの自分がものすごく不細工だったのだ。
雰囲気というより物理的に違う。
思うに自分のことをどう思っているかが如実に顔に出てくる。 
・ 恋する乙女が綺麗なのはマジなのだ。
片思い中でも綺麗になろうと努めて周りから「最近益々綺麗になったね」とか言われ始める。
両想いになったらなったで「可愛いね、綺麗だね」の愛のシャワーを浴びる。
「自分は綺麗」が定着する。 
・ 友人(特に同姓)との写真をみてもあんまり綺麗に映ってない。
高校、大学でオドケ役、変態役だった私は写真でも何となくオドケている。
日常で撮られる写真はだいたい変な顔をする。
きれいな笑顔はちょっと苦手なのだ。

鏡を使った撮影 model : Anri Mone

見やすいように、ブログ内の改造

今、このブログを改造してます。

これまでは、トップページがあって、

第2階層のカテゴリーページが500ページ位あって、多すぎるので

Portfolio として第3階層に移してます。

ページの削除はしてませんので、探してみてください。

躍動するヌード

凛としてる姿こそが美しいのだから・・

フォトモデルをするなら、

目の前のカメラマンを見下しているくらいでちょうど良い。

上手に写り込もうとするのはダメで、

”勝手に撮れば・・”くらいに突き放してカメラの前に立っているのが良い。

凛としてる姿こそが美しいのだから・・

ヌードな芸術品

体そのものが「ヌードな芸術品」となっている。

ちょっと見ると、水槽を泳ぐ金魚のようだけど、

立派にヌードです。

このモデルさんも”アート作品にする同志”なのです。

コロナのおかげで、帰国できませんが、

「また、撮ろう!」と約束してる。

”仮の姿”であって、実は男性じゃないか?

このモデルさんが女性のように見せているのは、”仮の姿”なのであって、実は男性じゃないか?と思ってしまう・・ いえいえい、見ての通り、素敵な女性なのですよ。

タブーが無くなったところから真の撮影

Keith Jarrett を聴きながら、編集している。 

自然な流れの中で、様々なポーズが生まれてきます。 私がポーズを注文することは少なく、モデルがどんどん変貌していき、様々な姿を魅せるようになります。 このようにして、タブーが無くなったところから真の撮影が始まります。

”仮の姿”であって、実は男性じゃないか?