
「抑えきれない妖艶さと崩壊の兆し」
月明かりの下、彼女の姿は一幅の絵画のように鮮やかだった。藤の花が垂れ下がる庭先で、透けるような薄絹の衣をまとった彼女は、風に揺れる一輪の花に似ていた。歳若い彼女の目元には、人生の重みを知る者だけが持つ憂いが滲み、唇には、儚くも人を惑わせる微笑みが浮かんでいた。
名は佐和子。その名の響きからは、古い詩に記された美しさが感じられる。彼女はこの町のどこにでもいそうな女だった—少なくとも、彼女が歩く姿を一瞥しただけでは、そう思わせる何かがあった。しかし、近づいて彼女の声を聞けば、あるいは視線を交わせば、たちまちその幻想は打ち砕かれる。佐和子はありふれた存在ではなかった。その立ち居振る舞いには、抑えきれない妖艶さと、どこか崩壊の兆しを孕んだ危うさがあった。

佐和子の家は、町外れの古びた屋敷にあった。入口には、苔むした石灯籠が並び、訪れる者を迷わせるような曲がりくねった小径が続く。彼女がそこで一人、淡々と暮らしていることを知る者は少ない。人々は、彼女がどのような生い立ちでここに住み着いたのか、詳しくは知らない。ただ、佐和子が時折、夜風に吹かれながら町を歩く姿を見た者たちは、皆同じ言葉で彼女を形容した。

「まるで、幽霊のようだ。」
だが、彼女は生きていた。たしかに生きていた。その証拠に、彼女の存在が周囲の男たちの心を掻き乱していた。商店街の若き店主や、寺院の住職まで、彼女に心を奪われた者たちは数知れず。その中には、家庭を持つ者もいたし、長らく孤独を抱えた男もいた。だが、佐和子が誰かに心を許したという話は、一度たりとも耳にした者はいなかった。
ある日、佐和子のもとを一人の旅人が訪れた。彼は、画家だった。旅の途中で、この町の景色に魅せられ、滞在することにしたという。その男—篠田—は、町を歩く佐和子の姿を偶然見かけ、その瞬間、彼女をモデルにした絵を描きたいという衝動に駆られた。

「私を描きたい?」
彼女は微笑みながら、篠田の願いを受け入れた。その後、彼女の屋敷に篠田が通うようになり、彼女の静かな日常に変化が訪れた。篠田は彼女の美しさだけでなく、その内面に潜む何かを描き出そうと懸命だった。だが、彼が描けば描くほど、彼女の謎は深まるばかりだった。

ある夜、篠田は意を決して、彼女に問いかけた。
「佐和子さん、あなたは一体、何を背負っているのですか?」
その問いに、佐和子はしばし沈黙した後、篠田の目を見つめながら、囁くように答えた。
「私が背負っているのは…過去です。それは、消すことも忘れることもできないもの。」
篠田はその言葉に、言い知れぬ重さを感じた。そしてその夜を境に、彼女への思いは単なる憧れから執着へと変わっていった。
物語はさらに深まる。佐和子の過去に隠された秘密、そして篠田がその秘密を知ることで迎える結末。それは、果たして救いなのか、それとも破滅なのか。月明かりの下、妖艶な佐和子の物語は、幾重にも折り重なりながら、やがて読者を深い迷宮へと誘うのである。
フォトエッセイ 「これが私なの?」鏡の前で身を晒した・・