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冬の朝は、静けさの中に張り詰めた冷気が満ちている。夜のうちに降った雪が庭の木々を白く覆い、枝先から落ちる雪の粒が朝日を受けてきらめいていた。
家の中では、まだストーブが本格的に部屋を温める前の、ひんやりとした空気が肌を刺す。温かいコーヒーを淹れると、その湯気がゆっくりと立ち昇り、わずかに寒さを和らげるようだった。
外に出れば、足元で雪がきしりと音を立て、冷たい風が頬を刺す。どこまでも続く白い景色の中で、近所の子どもたちの笑い声が響く。手袋をした手でぎこちなく雪玉を作り、雪合戦が始まる。
昼を過ぎても気温はほとんど上がらず、外の景色は変わらぬ冬のまま。家に戻り、暖炉のそばで読書をする。ページをめくるたび、窓の外の雪が静かに降り積もっていくのが見える。
夕暮れ時には、空が茜色に染まり、遠くの山々が紫がかったシルエットを浮かべる。寒さの中に感じる一瞬の美しさ。
夜になれば、また気温はぐんと下がる。厚手の毛布にくるまりながら、眠りに落ちる頃、窓の外では静かに雪が舞い続けていた。

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彼女は火薬の匂いがする朝に目を覚ます。
昨日の夜、どこで眠ったのか覚えていない。
金色のスニーカーは泥にまみれ、スカートの裾は破れ、
手には冷えた缶コーヒーと、くしゃくしゃのレシート。
ルールが嫌いだった。
朝のチャイム、決まりきった挨拶、
整列、集団行動、未来設計。
退屈な時間を過ごすくらいなら、
誰かの煙草を奪って、青い夜に投げ捨てたほうがマシだった。
男たちは彼女を「面白い」と言った。
彼女は「つまらない」と言った。
笑い声の中で、カウンターの奥のウィスキーを盗み、
彼女はグラスに注ぐ前に、瓶ごと流し込んだ。
世界はつまらないものばかりだった。
愛も友情も、約束も期待も、全て一時的な幻想。
そんなものに縛られるくらいなら、
誰かの心を平気で傷つけながら、
ガラスの破片の上を裸足で歩いていく方がいい。
彼女は乱暴に生きた。
他人のルールを踏みにじり、
明日の保証など興味もなく、
今日を燃やし尽くして、
燃えカスの中に座り込む。
夜が明けるたび、
彼女はまた歩き出す。
壊れた世界の中を、何かを探すように。

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AIがどう進化しようが、
写真に関してはまだまだ安泰というか、
「私」の感性に追いつくことは無理だね‥と言っておきます。
でも、活字の世界はかなり危機感があるようです。
文字は記号だし、
作家の感性などすべてを表記しますから・・
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でも、写真はデジタルですから、
所詮、ドットの世界であり、
表記の仕方は無限にあります。

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北京の西郊、頤和園の広大な敷地の中に、昆明湖が静かに広がっている。初冬の朝、私はこの湖を訪れた。薄く霞む空の下、湖面はまだ夜の冷気を孕んでいる。日本から遠く離れたこの地に、しかしどこか懐かしさを感じるのはなぜだろう。
湖の周囲を歩いていると、ゆっくりと船が進んでいくのが見えた。湖上には小舟が浮かび、その向こうに十七孔橋が霧のような光に包まれている。あの橋は、乾隆帝の時代に造られたものだという。日本の古都にも多くの石橋があるが、こうして霧に霞む湖の橋は、また違った風情がある。
湖畔の柳はすでに葉を落とし、細い枝を風に揺らしている。その枝が湖面に触れそうになりながらも、決して水を乱さぬ様子は、まるで老いた詩人が筆を運ぶようだ。私はふと、李白の詩を思い出した。

「浮雲遊子意、落日故人情」
私もまた、旅人の心を抱え、この湖畔に立っている。目を凝らせば、湖の向こうには仏香閣の朱色の壁が見え、その佇まいはどこか法隆寺を思わせた。時の流れの中で、この湖も、あの寺も、数多の人々を見送ってきたのだろう。
静かに湖を眺めながら、私は歩みを進める。すれ違う老人たちは、ゆっくりと太極拳を舞い、若者たちはスマートフォンを片手に自撮りをしている。中国の古きものと新しきものが、穏やかに共存している光景は、まるでこの湖の水のように、静かに、しかし絶え間なく流れている。
湖の端に立ち、もう一度その広がりを見つめた。頤和園の庭園美は、乾隆帝が母への孝行のために造ったものだと聞く。人の情は、時代を超えても変わらないものなのかもしれない。
私は旅のノートを取り出し、静かに筆を走らせた。日本を離れた遠い地で、しかし不思議なほど心が穏やかになる。昆明湖は、旅人の心をそっと映し出す、そんな湖だった。
「フジテレビに上納文化はあります」日枝久が作った“歪な構造”を元フジアナウンサー・長谷川豊が猛烈批判

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さまざまな個性あるモデルを撮ってきましたが
その一人ひとりに”想い”があって
・・こうして、画像を観ていると
そんな想いがひしひしと込み上げてきたりします
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常にマイペースを装い
僕のカメラが追いかけるようにしても
撮影が終わるまで、決して捕まることもなく
上手に逃げきってしまうモデルもいました
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撮らせてやるからね・・
という、上から目線のモデルもいれば、
撮って頂けるだけで、光栄です・・
という、控えめなモデル
勝手に撮れば・・
という、役割分担を心得たかのようなモデル
僕が何を取りたがっているかを探りながら
僕の反応を見極めながら
強かに”応えて”みせるモデル
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いずれにせよ
短い時間なりにも
時空を共有していたという事実は確かで
そういう積み重ねの上に今の僕がこうして語っているわけで
ここには、モデルがいて私がいた証をいつまでどこまで残せるか?
・・そんなことを考えながら、今日も記事をアップしてます。
Paolo Fresu with Leila Shirvani & Daniele di Bonaventura – Jazzy Xmas in Auditorium – Official Live
HAUSER – REBEL WITH A CELLO – Live in Italy 2024

ーーー 彼女へ贈る「物語」 ーーー
彼女が最初に三度笠を被って巡業していると聞いたとき、僕は正直言って冗談だと思った。三度笠なんて、時代劇の中でしか見たことがない。それを現代の若い女性が被って旅をするという話は、奇妙というよりもどこか空想じみていた。でも、彼女は本当にその姿で現れた。ちょっとくたびれたリュックを背負い、黒いスニーカーを履き、手には鞄ではなく竹刀袋をぶら下げていた。
「三度笠って風を通すのよ」と彼女は言った。「キャップよりずっといい」
彼女の話し方には独特のリズムがあった。言葉と言葉の間に短い休符が挟まっているような、ジャズのベースラインを思わせる間合いだ。それは彼女の歩き方にも現れていた。どこか夢の中を歩いているようで、でも目的地には確実に向かっている。どんな道でも迷わず進むが、道端の猫には必ず立ち止まる、そんな歩き方だった。
僕たちが出会ったのは駅前の小さなカフェだった。窓からは電車の音と、時折り都会の雑踏が流れ込んできた。彼女は窓際の席に腰を下ろし、僕に三度笠を手渡した。「触ってみる?」
笠は意外と軽かった。指で撫でると、竹の編み目がひんやりと手に触れた。なんだかタイムマシンの一部みたいに感じられた。それがどこかの時代から、ひょっこりと今の東京に迷い込んだのだと想像すると、妙に心が落ち着いた。
「どうしてこんな旅を?」と僕が尋ねると、彼女は少し考えてからこう答えた。
「風の音が好きだから」
その言葉は不意を突かれるようだった。彼女の目はどこか遠くを見ていた。たぶん、僕の後ろではなく、もっとずっと遠い何かを。彼女にとって旅は移動そのものではなく、風と語り合うための儀式だったのかもしれない。三度笠を通り抜ける風が彼女の体を通り抜け、それが次の場所へと彼女を導いていく。それが彼女にとっての「巡業」だった。
彼女は竹刀袋を開き、そこから短い笛を取り出した。「これ、祖母がくれたの」と言いながら、それを唇に当て、少し低い音を奏でた。それはまるで古い映画のワンシーンのようだった。笛の音はカフェの空気を震わせ、すぐに消えたけれど、その余韻だけが僕の耳にずっと残った。
「どこまで行くの?」僕が尋ねると、彼女は少し笑った。「どこかって決めると面白くないのよ。ただ、行き着くところまで行くだけ。そういうのって、いいでしょ?」
僕は頷いた。彼女の言葉には不思議な説得力があった。彼女は三度笠を被り、笛を吹きながら、風の中を歩いていく。何かを見つけるために、あるいは何かから逃れるために。でも、どちらでも良かったのだと思う。ただ、彼女にとって重要なのは、歩き続けることそのものだった。
僕が最後に彼女を見たのは、新宿駅の雑踏の中だった。三度笠は人混みの中でもひときわ目立っていた。彼女は少し振り返り、軽く手を振った。それから、電車が通り過ぎたとき、彼女の姿は忽然と消えてしまった。まるで風が彼女を連れ去っていったかのように。
そして僕は今でも、風の音を聞くたびに彼女を思い出す。彼女がどこかで三度笠を被りながら、笛を吹いている姿を想像する。風の中を彷徨う小さな宇宙として。