私の想いは届いただろうか

「私の想いは届いただろうか」

私はあと何年生きられるだろう

そして、どんな人たちと出会えるのだろう

死は突然やってくるのだろうか

それとも徐々に忍び寄ってくるのだろうか

私の愛したたくさんの人たちへ

今はもう帰らぬ友へ 

今もなお健やかなる友へ

私の愛したたくさんの人たちへ

私の想いは届いただろうか

ロジカルなアプローチ

ロジカルなアプローチ

私が2016年のフランス・アルルの展示会に招待されたとき、

「自己紹介・プロフィール」には、

作品へのロジカルなアプローチを記するようになってました。

また、同年に北京の写真祭に招待されたときも同様でした。

アルルでは、メディアからそのアプローチを問われたし、

北京では、多くの学生から質問攻めにあいました。

また、EUの雑誌にはロジカルな評価(批判)が載ってましたが、

フランス語であることから、僕には良く理解できませんでした。

現在の教育体制下では・・ 教える側も教わる側も、

「ロジカルなアプローチを学び、それらを出力する手段を学ぶこと」

が、教育の在り方だと信じてるようですし、実際に行われている。

(皆で合意できれば安心なのでしょうが、悲しい未来だけが待っている)

一生懸命勉強することが教養の基盤にはなるのでしょうが、

その努力が報われる(お金や地位が保証される)ことはないと思われます。

なぜなら、(ロジカルなアプローチは)AIにとって換わられるからです。

大切なことは・・

感性・センス・鑑賞眼を養うことです。

”頂上”が見えない(感じない)ことにはアプローチのしようもないことです。

ロジカルなアプローチで頂上(普遍的価値観など)が

分かってくる(見えてくる)というのは多分に”ウソ”です。

AIの出現によって、「学ぶこと」が「生きること」に

繋がらないようになってきました。

上の画像に関しては、

ロジカルなアプローチなどは全くありません。

見えたまま、感じたままです。

Parole de Le Pont Mirabeau

  Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure

Les mains dans les mains restons face à face
Tandis que sous
Le pont de nos bras passe
Des éternels regards l’onde si lasse

Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure

L’amour s’en va comme cette eau courante
L’amour s’en va
Comme la vie est lente
Et comme l’Espérance est violente

Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure

Passent les jours et passent les semaines
Ni temps passé
Ni les amours reviennent
Sous le pont Mirabeau coule la Seine

Vienne la nuit sonne l’heure
Les jours s’en vont je demeure

 

Guillaume Apollinaire

– Night Sea –

Night Sea

Looking at the night sea,

Looking at the waves of the night sea,

when I close my eyes,

I feel the night sea.

.

Following a wave

behind,

the endless drawing sound.

tells how deep it is.

.

The endless wave following the sound

without any words

tells of human life and the life of the earth.

.

In this endless work

I saw myself

washed away by

eternity.

.

Poem : Maya Inoue ( translated by Keiko Yonaha )

「記念撮影」

この画像は「作品撮り」ですが、

「記念撮影」について・・・

撮影画像がネット上に上がってしまっては困る場合、

仕事関係とか、プライベートな事情がある場合、

撮影して、データだけをお渡しするようにしてます。

また、写真を額装してお渡しすることもあります。

撮影依頼を受ける場合、この「記念撮影」も多いのです。

ヌードをアート感覚で楽しめてない人たち

最近あらためて思うこと・・

ヌードをアートとして捉えている人って、少数なんだということ。

アートじゃないヌードが溢れていることもあって、

仕方のないことなんだけど・・残念だね。

ヌードをアート感覚で楽しめてない人たちを見ると、

気の毒だな・・と思ってしまう。

その程度の感性しかないのかって・・。