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絶縁テープを使った作品撮り
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ウクライナ軍のスナイパーがロシア兵を次から次へと一撃で倒していくシーンが続く。
これは、YouTubeなのですが、こんな映像を世界中に配信してよいのだろうか?
この映像は、実写なのでしょうが、背中を見せている兵士が打っているのであれば、スコープが上下に揺れているはず。 銃身の前方を固定した状態で射撃してますね、写真家ならそのくらいのことは分かる。 スコープ内に見える2とか4とか6というのは、200,400,600(mもしくはyd)。 90m=100ydくらいなので、ほぼ同じ。 だいたい、500m先を狙撃しているようです。 まるで、ゲーム感覚で見てしまいますが、そこで狙撃され倒れていくのは、将校クラスもいるのでしょうが、ほとんどは20代の若い兵士ばかり。
僕が6年前に南仏に展示会へ出かけたころ、そこで、ロシアの若い男の子と話したことがありますが、その彼らが、今、狙撃され倒れているのでしょうね。 戦争に対する怒りとか、悲しみとか、怖さとか・・そういうのが、自分の中で素直に浮かんでこないんですね・・日常化して麻痺していくこと、自分が血の通わない冷酷な人間に成り下がっていくようだね。
「妖艶なヌード」 model : Keiko なんでここまで「妖艶」に撮れるのか、撮ってる私にも分かりません。 ひとえに、モデルの力量なのでしょうね。 私は撮らされているだけかもしれません。
上の作品群のように「妖艶さ」で勝負した作品と、下の作品のように「日本画」的なアート作品としての作品群がある。 上の場合は”生身”であり、下は”伝統美”なのでしょうか。
僕は、このモデルさんとは何度も撮影しているし、色々なことが話せる”親しい友人”でもあるので、下のような絵が撮れることはごく自然なことなのですが、上のような絵になってしまうのは、正直なところ、驚きでもあり、それも、”妖艶さ、ここに極まれり”とも思え、写真家としてこの上なく嬉しいことなのですね。
上の作品群の撮影では、50cm~1mくらいの至近距離から、モデルの上にのしかかるようにレンズを向け、シャッターを切り続けます。 たとえ、至近距離からであろうが、僕が見ているのはファインダーを透してであり、そこには”非現実の女体”が横たわっているわけです。 ただ、息遣いとか体温なども感じられ、非現実とばかりは言えない空間にもいるわけです。 ”下半身の緩い人”には、こういう撮影は勧められませんね。
このモデルさんは、元々ヌードで撮ることはなかったと記憶している。 僕が「ヌードで撮ろう! 必ず、素晴らしい作品にするから・・」と言って、説得した記憶がある。 それから、僕がこの人を撮るときはほとんどがヌードとなっている。

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変態が生まれる日
より変態であれば、より人間的であるという証なのか・・
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”この道”はどれくらい先天的な遺伝子的要因に依存するのか、
後天的な環境(経験)要因によるのか、
肉体的な痛みを伴うものとかは程度にもよるし、
演出としての精神的苦痛は快楽へ繋がる人もいる。
”本物”は物心がついたころから、その道に目覚めているらしい。
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こうして、写真家を続けているといろんな人に出会うのだが、
この女性はかなりの”本物”らしい。
ちなみに、
ボクシングジムに通い、プロレベルらしい。
背丈は僕とかわらない・・

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masochism Ayau 全くの”素人“さん

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女性は安心して綺麗に撮れれば、ヌード撮影したいと思ってる人が多い。
ヌードになる人には二通りあって、
始めてのヌードであっても、最初からヌードでって・・
思ってる人。
たくさんの衣装を持ち込んでくるのですが、
撮影が終わった時にはヌードになっていた‥という人。
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僕の子供の頃の話ですが・・
銭湯の”番台”という役どころがあって、
男風呂も女風呂も同時に見渡せる少し高くなった中央の位置で、
60歳を過ぎたくらいのオッサンが居座っていて、
女性もそのオッサンの存在を気にする人はいなくて・・
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僕も同様なことがあるのでしょうか、
女性が僕の前ではヌードになるのは恥ずかしくないらしいのです。
まぁ、いいヌードが撮れそうなので、
って、こともあるのでしょうが。