プロのゲイマー

ユーチューブチャンネルで、

プロのゲーマーの講演を聴いていて

とても面白いと思ったのが・・

スケボー少年が言っていたことと同じで、

「このゲームという競技も、やっと市民権を得た」という話。

いつまでも、脳裏から離れない撮影

撮影することにはいろいろな意味・ケースがあって・・

ヌードであれば、今まで、その人が見せたことない姿を晒すこととなり、

”愛おしい狂犬”の背中を押すこととなる撮影もあれば、

”その人の過去”をすべて撮りきるような撮影を強いられることもあり、

もしかして、最後の撮影となるかも・・とか、

いつまでも、脳裏から離れない・・ことにもなる。

故郷を捨てて飛び出してきた”愛おしい狂犬”

私は、年齢でいえばこの女性の3倍くらいだろうか、

だからといいて、世代が違うことによる違和感は全くない。

私が若いころからずっと感じてきた”生き辛さ”をそのまま吐いている。

違うのは・・私は都会上がりのノラクラであるが、

彼女は、故郷を捨てて飛び出してきた”愛おしい狂犬”である。

ぬるい生き方をするくらいなら

巣雀を落として弁当のおかずに入れてきた子

昭和の時代の話をしましょう・・

僕は1950年生まれ、戦争が終わって5年後に生まれている。

小学校の時は給食というのがあって、

脱脂粉乳という僕には美味しくてお替りしてたけど、

その匂いから鼻をつまんで飲んでいた子が多かったことも事実。

中学なったら、弁当持参になって、当時まだ貧しい家庭も多かったから、

お弁当のおかずにも困った時代で、

パチンコと言って、Yの字になった棒に輪ゴムをつけて、

そこに球をもめて巣雀を落として弁当のおかずに入れてきた子がいて、

珍しかったこともあって、弁当の中身をのぞいたら、

スズメだからね、小さな肉片が入っていて、

それを大切そうに食べていた生徒もいた。

だからと言って、周りも皆そうだったんで、特に貧しいと感じたことはなかった。

部落もあり、被差別地域もあったと思うが、

親の影響もあって、彼らを特別な存在と意識したこともなったし、

彼らの中に多くの友達もいた。

ただ、彼らの多くは勉強ができず、不良が多かったことも覚えている。

ちなみに、スズメを弁当のおかずに持ってきた子は、

大人になってそのまま焼鳥屋になったという話は聞いている。

イチ押しは「デーブ大久保チャンネル」

ユーチューブチャンネルには面白いのがたくさんあるけど・・

イチ押しは「デーブ大久保チャンネル」

プロ野球好きの方々、これはむちゃくちゃ面白いよ。

不完全さ・・を絵にする

不完全さ・・を絵にする

上の画像を見れば分かるように、僕の写真というのはいろいろな意味で不完全なのです。 単に撮影が下手だという人もいますが(それは、そうかもしれない・・)感覚的に意図してやっていることでもあり、無意識の中でそうなっていることもあります。

頭の上が切れていたり、トリミングとしてはほとんどアウトなのですが、これで良いとも思ってます。 また、画像そのものを編集過程で劣化させてますが、”持っていかれると困るからという理由ではなく、ある種のテーストを出すためです。

編集過程で劣化させてます