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昭和の時代の話をしましょう・・
僕は1950年生まれ、戦争が終わって5年後に生まれている。
小学校の時は給食というのがあって、
脱脂粉乳という僕には美味しくてお替りしてたけど、
その匂いから鼻をつまんで飲んでいた子が多かったことも事実。
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中学なったら、弁当持参になって、当時まだ貧しい家庭も多かったから、
お弁当のおかずにも困った時代で、
パチンコと言って、Yの字になった棒に輪ゴムをつけて、
そこに球をもめて巣雀を落として弁当のおかずに入れてきた子がいて、
珍しかったこともあって、弁当の中身をのぞいたら、
スズメだからね、小さな肉片が入っていて、
それを大切そうに食べていた生徒もいた。
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だからと言って、周りも皆そうだったんで、特に貧しいと感じたことはなかった。
部落もあり、被差別地域もあったと思うが、
親の影響もあって、彼らを特別な存在と意識したこともなったし、
彼らの中に多くの友達もいた。
ただ、彼らの多くは勉強ができず、不良が多かったことも覚えている。
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ちなみに、スズメを弁当のおかずに持ってきた子は、
大人になってそのまま焼鳥屋になったという話は聞いている。