model : 杏莉 百音 (Anri Mone)

model : 杏莉 百音 (Anri Mone)

最近取り組んでる「作品創り」

日暮里の生地問屋さんいって、絵具をそろえるように、

二十数色の生地を買い込んできた。

実際に観る生地の質感と色合いは、

写真の写り込みとはずいぶん違うので、

その辺のところが難しい。

モスグリーンのような、

目立たなくてもその存在感を発揮する色はあるので、

そういう色の配置が面白い。

「夏の夜」  作:井上摩耶

「夏の夜」   

どこまで強くなればいい?

何度、失敗すればいい?

歳上の人が言った

「人生 一生勉強だよ」と

多くの人に助けられた人生 支えられた人生

人の流れはあるけれど

記憶には残っているだから祈る

だから願う 私はこれで終わらせられない

元気でいてねと

晩酌の習慣はないが

今夜は手を出したスゴイ勢いで身体に染みてゆく

欲していたんだ触れられない好きな人の肌も髪も 目も唇も…

隣で寝る猫を撫でるだけ

それだけで温もりを感じている想像したんだ

貴方の胸に頭をコツンともたれ掛かることをね

また傷付いた 幼い頃に感じた 

置いて行かれる感覚

もう貴女しか居ないのに リジェクト…

またかってねいいよ、

もう 言い訳も何も聞かないよ

貴女だって哀しいはずだから

私は許すんだピンクに染まる雲が見えた時

それだけで今日一日に感謝出来たからそれだけで 

いいんだよ

ポエム: 井上摩耶

混乱ではなく混迷の時代

私の70年の人生の中で初めて、混乱ではなく混迷の時代を迎えている。

コロナ禍では、70歳という年齢は社会的弱者の側になる。

自分を社会的弱者と認識することは初めてかもしれない。

子供の頃、字が読めなくて言葉もろくすっぽ喋れなくて、

それでも、コンプレックスは感じなかった。

周りが優れているだけで、自分が劣っているとは決して思わなかった。

でも、今回だけは否応なく弱者の側におかれる、悔しいけどね。

強者と弱者という概念は社会的にはあるのだろうが、

だからといって、それを自分に当てはめようと思ったことがない。

アウトサイダーと言えばカッコ良いが、

”部外者”の立場で生きてきたこともあって、

他人と自分を比べたことがない。

体はいたって丈夫だが、精神には弱点がある。

ストレスが重なると、不安神経症と睡眠障害が出てくる。

コロナ禍で仕事が続けていけるのか!という心配と、

ギャラリーを持続していくことの難しさ・・そのあたりが原因かも。

精神が疲弊してきたときは、”休む”という選択肢が一番なのだろうが、

僕にはそれが出来ない・・無器用なのです。

だから、リセットして、より前へ進むという選択肢しかない。

他人様の大切な作品を多く預かっているという責任があり、

(その責任はオーナーも感じてることなのだろう)

その作品を他の場所で展示できないか?をリサーチしているところです。

クローズしてしまったカフェなどを利用できないか?

お金は出せないので、知恵を出すしかない・・

コロナは終わりました

私の中では既にコロナは終わりました。

人ごみの中ではマスクをし、家に帰れば手洗いをしっかりする・・

感染すれば周囲に迷惑が掛かるので、このことは続けていきます。

私の年齢で感染すれば10人に1人は重篤化するというデータはある。

このまま感染が広がって、(東京で)12万人の感染者が出たとしても、

千人に1人の確率で、その中で重篤化するのは十分の一とすれば、

私にとってのリスクは一万分の一・・・これは限りなく0に近い。

方や、コロナの脅威からくるストレスで体調を崩す老人はかなり増えるはず。

今年から来年にかけての老人の死亡率は例年より上がると思います。

(数年後に、そういうデータが出てくるはずです)

それもこれも、コロナが原因ではなく、

コロナの脅威からくるストレスが原因になるはずです。

例年、肺炎による死者は年に一万人。 

コロナによる死者は7月は3人でした。

女の背中

何を語る「女の背中」

ここまで筋骨隆々とした女性の背中は珍しい。

本人の弁によると「ピアノ弾いていたから・・」ということらしいが、

それだけではこうはならない。

僕にだけには何となく分かるんです、直感的にね。

逞しいが愛おしい背中、

河の流れのように「それも人生ぃ~~」。

Body Painting

Body Painting

人肌の上に「Body Painting」

初めてキャンバスの上に筆を走らせたときの感動を覚えてますか?

筆がちょっと柔らかく沈むような”贅沢”を覚えているでしょう。

ところが、人肌となれば別次元!

場所によって柔らかさが違う、体温を感じる、モデルの息使いも。

その上、平面ではなく立体。

二時間弱で描き終え、すぐに撮影に入る。

のせた絵の具が乾いていけば色あせてぽろぽろと落ち始める。

創作は、スタジオ内でモデルと僕の二人だけ。

筆を使ってるとはいえ、撫でるように全身を筆が走る。

最後はモデルのポージングで決まる。

モデルと僕のコラボレーション。

大切なのは、相互の信頼関係。

ちなみに、絵具は毒性のない子供用を使う。

全くのヌードの状態から描くので、”あそこ”にはバンドエイドが必要。

指にまくような小さなサイズのものでは間に合わないので、

大き目のサイズのものを用意しました。

帰りにモデルさんから一言言われた・・

あれでは大きすぎます! ドキッ! ~。~

差別とまではいかなくとも・・

ヌードを撮っていると、差別とまではいかなくとも、

様々な偏見に晒されることになる。

偏見とか差別がなぜ生まれてくるか?というと・・

人にはそれぞれ「常識という枠」がある。 

その「枠」を鎧(よろい)のようにして我が身を守りながら生きている。

「常識という枠」の外側で起こる事態に遭遇すると、

”非常識だ!”と言って、嫌悪感を抱き、時として攻撃するに至る。

そもそも、「枠」という「くくり」に問題があると言ってよい。

くくって良いのは数学の因数分解だけ・・。

国家、人種、宗教、地域などでくくれていることから、

ほとんどの争いごとが起こっている。

困ったことに、知性レベルが低く単細胞な人ほど、

くくれることによって、より行動的になり、熱狂的にもなりうる。

「お国のため・・」という「くくり」で多くの人命が失われたことは

75年前とはいえ、そんなに昔のことではない。

21世紀になり、明らかに時代は逆行している。

人々は「新たなくくり」を求めるようになってきた。

一国主義、ポピュリズムなどの台頭を止められないようなのだ。

(20世紀後半から始まったグローバリズムの反動もあるのだろう)

11月にはアメリカの大統領選挙がある。

トランプの圧倒的不利が予想されているが、

私はトランプが勝つと思っている(望んでないけど・・)

だからと言って、バイデンでもまずいでしょ・・

本題に戻りましょう・・

画像に限らずビデオなども含めて、

性的好奇心ばかりを煽るものがこの世には溢れているし、

コンビニ行けば、(可愛いでしょ!と媚を売る)ピンク色の雑誌が並ぶ。

造形美などを深く掘り下げた視覚的好奇心へ、また、

ストーリー性、様々な知的好奇心へ導く「作品」も少なからず存在するものの、

世の8割がたの人たちは、それらの区別がつきません。

純粋な目を持った人たちには「アート」であっても、

曇った目を持つ人たちには単に卑猥なものであり、

このように、公開して載せることに批判的なのでしょう。

例え、男性が女性ヌードを撮ろうが、

フォトグラファーにとっては、作品は常に「自画像」です。

女性ヌードをとおして、「自己表現」をしてます。

まともなフォトグラファーが、

性的好奇心ばかりを煽る「自画像」を載せるでしょうか!?