
子ども時代、家庭という最も守られるべき場所で虐待を受けた人の多くは、自分が「被害者」であると気づくのに長い年月がかかる。なぜなら、彼らにとって暴力は日常であり、愛情の歪んだ形がそれだと信じ込まされているからだ。
「お前のためを思って言っている」「できないお前が悪い」「育ててやっているだけありがたく思え」――その言葉の裏に潜む支配と操作。
本来、親や大人は子どもを守る存在であるべきだ。けれど、虐待はその信頼を逆手に取り、依存関係のなかで人を縛りつける。


子ども時代、家庭という最も守られるべき場所で虐待を受けた人の多くは、自分が「被害者」であると気づくのに長い年月がかかる。なぜなら、彼らにとって暴力は日常であり、愛情の歪んだ形がそれだと信じ込まされているからだ。
「お前のためを思って言っている」「できないお前が悪い」「育ててやっているだけありがたく思え」――その言葉の裏に潜む支配と操作。
本来、親や大人は子どもを守る存在であるべきだ。けれど、虐待はその信頼を逆手に取り、依存関係のなかで人を縛りつける。


:

:

虐待とは、ただの暴力ではない。
それは、殴る、蹴る、怒鳴る、といった一瞬の行為の集合ではない。
本当の意味で恐ろしいのは、そうした行為の果てに、「私は価値のない存在だ」と本人に信じさせてしまうことだ。
身体ではなく、人格が殺される。
虐待とは、ゆっくりと心を削り落としていく、静かな殺人だ。



model:sh.in5595
こんな夢を見た。
ひとひらの椿の花が、宙を舞っていた。春でも、冬でもない、季節のあわいのような夕暮れで、空は灰色とも群青ともつかぬ色をしていた。風もないのに、その花は静かに、しかし確かに落ちていた。まるで、見られるためだけに、天からひとりでに舞い降りてきたようだった。
私は、その花を見届けようとして、しばらく動けなかった。
ふと横を見ると、あなたが立っていた。懐かしくて、胸がきしむような感情が喉元までせり上がる。けれど、名前が思い出せない。ただ、知っている。あなたは、私の一部だった人。いや、今も、私のなかに棲んでいる。
「また、会えたね」
あなたは、そう言った。声は覚えているのに、言葉だけが遠い。私はただ、うなずいた。
「まだ、待ってるの?」
私が答えられずにいると、あなたは笑った。それはもう、こちらが泣きたくなるほど、静かで、優しい笑みだった。
「夢の中でしか会えないなんて、不公平だね」
私はようやく言葉を返した。でも、それが声になったかどうか、自分でもわからない。あなたはまた、ただ笑った。そして、その笑顔のまま、歩き出した。私の方ではなく、空のほうへ。もう咲き終えた椿の、落ちた先を追うように。
私はその背中を、追いかけようとしなかった。ただ見送った。それが、夢のなかの約束のような気がした。
そして目が覚めた。
薄明の部屋には、椿の香りがかすかに残っていた。けれど、そんなはずはない。椿など、どこにも咲いていないのだから。
私は起き上がり、窓を開けた。冷たい風が頬を撫でる。まるで、夢の中のあなたが、最後に触れてくれたかのように。
季節は、まだ名前を持たない時季にいた。春の気配も、冬の残り香も、等しく抱きしめるような空気。
私はふと、あの花の落ちた場所を探した。そこには何もなかった。ただ、胸の奥が少しだけ、暖かく、そして痛かった。
夢は、時として現実より真実を語る。
そして私は今日もまた、十二夜目の夢を、静かに待っている。

フォトエッセイ「白い雪に覆われた道を歩く」
フォトエッセイ「Pat Metheny – And I Love Her」
秋風が肌寒く感じられる頃になると、決まって胸の奥がきしむように痛む。もう何年も前のことになるのに、季節がめぐるたび、心はあのときのまま立ち止まったままだ。亡き子を想う心とは、こうも時を越えて揺らぎ続けるものなのかと、我ながら驚く。人は忘れることによって癒されていくというが、親が子を失ったとき、その「忘れる」という作用が不思議と働かない。どんなに時が経っても、あの小さな笑顔、声、手のぬくもりがありありと蘇り、涙が知らぬ間に頬を伝っている。
子どもを失うという経験は、人生における最も過酷な試練のひとつだろう。順番を違えるという不条理、命の尊さを痛感する瞬間、そして残された日々の重さ。それらすべてが、私の日常の中にひそやかに、けれど確かに存在している。
思い出すのは、ほんのささいなことばかりだ。朝の光の中で「おはよう」と笑った顔。公園で転んで泣きながらも、また立ち上がって走り出した後ろ姿。食卓で好き嫌いを言いながらも、最後にはきちんと完食した誇らしげな顔。どれも、何気ない日常の一コマに過ぎないはずなのに、今となってはどれほど貴重で、どれほど愛おしいものだったのかを、ひしひしと感じる。
ときには、夢の中にあの子が現れることもある。夢の中では、時間も現実も関係なく、そこにただ「在る」ことができる。手を握り、声をかけ、抱きしめることができる。しかし目が覚めた瞬間、その温もりが幻だったと気づくのが何より辛い。再び現実の孤独に引き戻されるあの瞬間、心が千々に乱れ、涙が堰を切るようにあふれ出す。
誰かに「もう前を向いて生きなければ」と言われることがある。善意からの言葉であることは理解している。だが、親にとって子どもとは未来そのものだった。その未来を失った者にとって、「前を向く」とはどういうことなのか。その方向には何があるのか。時に、それが見えなくなる。
だが同時に、あの子が遺してくれたものも確かにある。生きる意味、命の重み、そして何よりも「今ここにいる」という奇跡への感謝。もしあの子が何の意味もなくこの世を去ったと考えるならば、それこそ耐え難い。だからこそ、あの子の存在が私の中で生き続けるように、私は今日も語る。思い出す。泣く。そして、時には笑う。
悲しみは癒えない。だが、悲しみと共に生きることはできる。まるで雨の中を歩くように、濡れることを恐れずに、少しずつ歩みを進める。それが私の選んだ生き方だ。亡き子を忘れることなく、けれどその死に囚われすぎずに。
月命日には、必ず花を供え、小さな好きだったお菓子をお供えする。短い手紙を書くこともある。内容は日常の報告から、ふとした心の揺れまでさまざまだが、その行為が私を支えている。誰に向けるでもない思いを文字にすることで、私はあの子と再びつながれるような気がする。
一度だけ、「あなたに会えてよかった」と夢の中であの子が言ったことがある。その言葉を信じていいのか、夢という不確かなものに寄りかかっていいのかと、目覚めた後もずっと考えていた。しかし、もしそれが私の心が紡いだ言葉だとしても、それは私にとって真実だと思う。私もまた、「あなたに会えてよかった」と心から言えるから。
時の流れは、何もかもを押し流すようでいて、本当に大切なものは流さない。それはきっと「想い」なのだろう。亡き子への想いは、私の中に静かに、しかし確かに根を下ろし、花を咲かせることはなくとも、命の灯として燃え続けている。
秋の空を見上げると、ふとあの子の声が風に乗って聞こえる気がする。「おかあさん、だいじょうぶ?」と。その問いに、私は静かに答える。「だいじょうぶよ。あなたがいてくれるから」。その言葉を胸に、今日も私は歩き出す。
涙にくれぬる日々は、これからも幾たび訪れるだろう。だが、それでも私は知っている。亡き子を想う心が、私を生かしているのだということを。涙もまた、命の証なのだと。

フォトエッセイ「Pat Metheny – And I Love Her」
フォトエッセイ「雨の夕暮れ野分 – 夏目漱石」
雨が静かに降る夕暮れ、灰色に染まった空と濡れた街並みの中を歩いていると、ふと夏目漱石の小説『野分』が思い出される。『野分』は、嵐が通り過ぎた後の空気の変化や人々の心の揺れを鋭く描いた作品だが、その空気感はまさに、雨の夕方の情景と重なるものがある。

漱石の『野分』に登場するのは、文明開化の波に晒される明治の青年たちである。彼らは学問や理想に燃える一方で、現実の社会や人間関係に戸惑い、内面に深い孤独や葛藤を抱えている。特に主人公・弘中が抱える「理想と現実の乖離」は、まるで雨にけぶる街の風景のように、どこかぼやけて掴みどころがない。
夕暮れという時間帯は、昼と夜の狭間にあり、光が消えてゆく一瞬の美しさと、暗闇が忍び寄る不安を同時に孕んでいる。漱石は、そのような「狭間」の感覚を、人物の心理描写に巧みに織り込んでいく。『野分』の中でも、人間の信念や友情、倫理といったものが、突風のような感情の揺れや社会の圧力によって、いかに簡単に崩れていくかが描かれている。これはまさに、雨に打たれてしおれていく草花のようだ。
また、漱石は自然描写を通して人間の内面を照らし出す名手でもある。『野分』という題名からも分かるように、自然の力が人間の心や行動に与える影響が、この作品の大きなテーマだ。暴風が木々をなぎ倒し、空をかき乱すように、人間の心もまた、外的な力に簡単にかき乱されてしまう。雨の夕暮れもまた、人の心を沈ませたり、逆に感傷的にしたりする力を持っている。
『野分』を読むと、漱石が単なる道徳の問題や社会批判を超えて、「人間とは何か」「強さとは何か」という普遍的な問いを投げかけていることに気づく。雨の音に耳を澄ませながら、そうした問いに自分なりの答えを探したくなる。夕暮れの雨は、人間の弱さや曖昧さを優しく包み込み、しかし決して誤魔化すことなく、ありのままに映し出す鏡のようだ。

雨の夕暮れに『野分』を思い出すのは、きっとそこに、「壊れやすい心を見つめるまなざし」が共鳴するからだろう。漱石が描いたのは、嵐の後に立ち尽くす人々の姿、そしてその背中に静かに降る、冷たくもどこか温かい雨なのだ。
秋は、さよならの季節。
風はやさしく木の葉を払い、空は高く澄み渡る。
夕暮れの紅(あか)に染まる街角で、ふとした気配に振り向くと、
そこには、まだ言葉にならない「想い」がそっと佇んでいる。
そんな空気のなかで読む物語がある。
森鴎外の『雁』。
それは、激しい情熱よりも、淡くにじむような愛を描いた短篇である。
秋という季節が、その愛の形をいっそう際立たせる。

東京、本郷。
古びた石畳の坂道を、ひとりの女が下駄の音を響かせて登る。
その名は、お玉。
しとやかながら、どこか哀しみを湛えた面差し。
彼女は高利貸し・末造の妾として日々を送っている。
けれど彼女の胸の内には、別の光があった。
──岡田という名の青年。
隣家に住む、学生。
声を交わすこともなかったが、
日ごと彼の姿にまなざしを送ることが、彼女のひそかな日課となっていた。
その想いは、木の葉が風に乗って舞い落ちるように、
ひとひらずつ、お玉の心に降り積もってゆく。
それは恋というより、祈りに近い。
報われることも、語られることもなく、ただそこに、ある。
秋の坂道は長く、静かだ。
午後のひかりが落ち、影が長く伸びる。
その中を、誰にも届かない愛が通り過ぎてゆく。
岡田は若く、知的で、まだ世界の重さを知らない。
勉学に励み、将来を夢見る彼の目には、
お玉の視線も、彼女の心の震えも、きっと映ってはいなかった。
けれど、ある夕暮れ。
無縁坂の途中で、ふたりはすれ違う。
ほんの一瞬、視線が交差する。
沈黙のまま、言葉にならなかったその刹那。
まるで風が頬をかすめるように、
ひとときの予感だけを残して、彼は去っていく。
そして彼女も、何も言わずに、ただ見送る。
——秋の黄昏のように。
美しくて、切なくて、何も始まらないまま終わってしまう瞬間。
この物語に『雁』という名がつけられたのは、偶然ではない。
雁は渡り鳥。
群れをなし、列を成し、遥かな空を飛んでいく。
でも、よく見てみれば、その群れのなかに一羽だけ、
列から離れて飛ぶものがいる。
それは──孤独な想い。
お玉もまた、群れからはぐれた雁のようだった。
声を上げることもできず、
誰かと寄り添うこともできず、
ただ、じっと、見上げるばかり。
その目に映る空には、
飛び去る背中しか見えない。
けれど、愛とは本来そういうものなのかもしれない。
語られないことのなかに、
伝わらない想いのなかに、
本当の美しさが宿っていることもある。
秋の風景には、何かが宿っている。
それは過去かもしれないし、
誰かの声にならなかった願いかもしれない。
銀杏並木の下を歩いていて、ふと胸が締めつけられるのは、
木々の揺らぎのなかに、
お玉の微笑みが見えるからかもしれない。
落ち葉の絨毯を踏みしめるたび、
かすかに響く下駄の音が、
無縁坂を登る彼女の姿を思い出させる。
光と影、音と静寂。
秋の一瞬一瞬が、『雁』の一節と重なってゆく。
物語は、大きな出来事を描かない。
だが、それゆえに美しい。
ひとりの女性の、ただひとつの眼差し。
それだけが、この短編を支えている。
それは秋のような愛だ。
激しくなく、自己主張せず、
ただそっと降りてきて、
気づかぬうちに心の奥にしみ込んでいる。
『雁』を読み終えたとき、
空を見上げたくなるのは、きっとそのせいだ。
そこには、飛び去った雁の群れがいる。
そして、地上にはまだ、
ひとりの人の想いが、静かに残っている。

このフォトエッセイは、
秋という季節と、
森鴎外の物語『雁』と、
静かな愛の気配を重ねながら綴った。
読む人それぞれに、思い出す「誰か」がいるだろう。
声にならなかった手紙、
差し出せなかった手、
すれ違ってしまった日。
それでも、愛は消えない。
秋が来るたび、
その気配が胸に戻ってくる。
そうして、私たちはまたページを開く。
静かな愛と、秋の調べを聴くために──
フォトエッセイ「Pat Metheny – And I Love Her」
フォトエッセイ「雨の夕暮れ野分 – 夏目漱石」
「こころ – 夏目漱石」
私は、あの日のことを思い返すたび、鎌倉の海辺の波音や夕暮れの斜陽を連れてくる。夏の暑さがまだ残る季節、私は海水浴客の波を避けながら、砂浜をゆるりと歩いていた。ふと浜辺の小屋の陰に一人の男が佇んでいるのを見つけた。風を含んだ髪、沈んだ眼差し。その人物が後に「先生」と呼ばれることになる人だと、私はまだ知らなかった。
最初、私はただ興味本位でその人物を観察していた。彼はひっそりと、他人と群れず、あまり言葉を交わそうとしないようだった。だが、不思議と私はその沈黙に惹かれた。何か言いたげで、しかし何も語らないその空気が、むしろ存在の重みに思えた。私も大学生として漠然と日々を送っていたが、彼の近くにいると、自分の内面が揺さぶられるような気がしたのだ。
やがて数度の偶然が重なり、私は先生と会話をするようになる。東京に戻った後も手紙を交わし、会う機会をうかがった。「先生」は物静かで思慮深く、しかしどこか翳(かげり)を伴っていた。彼の話の端々に、過去の苦悩や後悔の影がちらつく。しかし本人はそれを決して語ろうとはしなかった。ただ黙って、私を見つめ、その目の裏にあるものを私自身に見させようとするようであった。

時は移り、私は卒業を迎えることとなる。故郷へ帰る折、病を抱える父のことが気掛かりであった。家族は将来について問うてきた。私は迷い、答えを見いだせずにもがいた。そんな折、私は先生に自分の進路を相談したくなり、便箋を取って宛てた。しかし、返信として私の手に届いたのは、思いもよらぬ重みを持った封書だった。それは、いわば先生の「遺書」の形式をとったものであり、中に綴られていたのは、長年封じてきた彼の心の告白だった。
封を切ったそのとき、私は身震いした。「先生」の人生は、私が想像するよりずっと複雑で、傷深かった。彼は若き日に、友人Kとの関係に深い悔恨を抱えていた。友人として、愛する女性として、彼とKとで交錯する思いがもたらした葛藤。そして、その裏切りがKを死へと追いやった可能性を秘めていると、先生は告白していた。
先生は、Kとお嬢さん(後の妻)との間で揺れ、己の利害と情の狭間で足を踏み外したのではないか。彼は自らを責め、贖罪を求めるように、静かに終わりを考えていた。遺書の文面には、「妻にはこのことを言わないでほしい」との願いも書かれており、その深い配慮と苦しみに、私は涙を抑えることができなかった。
その遺書を読み終えたとき、私はまさに列車の中にいた。雨粒が窓を打ち、車内は揺らめいている。私は父の病床を思い、先生の過去を思い、どこにも安らぎを覚えなかった。列車の速度が心拍のように私を揺さぶる。やがて車両の端に立ち、顔を窓にくっつけて、灰色の景色を見つめた。目的地がどこであれ、私はこの手紙を胸に抱えて、その重みに耐えなければならなかった。
帰京後、私は遺書を抱えて先生の元を訪ねる。辺りは夕闇に包まれていた。先生は静かに立っており、言葉少なに私を迎えた。私は声を震わせつつ遺書の一部を読み返した。「私はもう、どうすることもできない」。その言葉は、彼の生と死があまりに近く、絶望と希望が交錯するような響きを持っていた。
先生は静かに語り出した。「私は、あなたに告白しなければならなかった。長い間、心の奥底に封じてきたこの罪と苦しみを」――そう言いながらも、その声には疲労と孤独、そして愛するひとの面影も感じられた。私は言葉が出なかった。ただ、彼の痛みがその場に在ることを、私自身の胸に刻みつけるしかなかった。
その夜、私は深い眠りに落ちたかどうかも分からなかった。夢の中でも、波音は遠く、灯りはすぐに消えていた。翌朝、私は目覚めて、先生のことを思い起こすと、胸にぽっかりと穴が空いているような感覚があった。かつてあの海辺で感じた興味や憧れは、遺書を通じて、痛みと後悔の重みへと姿を変えた。
振り返れば、私は「先生」と呼んだあの人物を、長らく見知らぬ他人のように見つめていた。彼の沈黙を解きたいと願いつつも、解けない鎖のように絡みついた過去の重さに気付きもしなかった。そして今、私はその鎖を一片でも引き裂こうとする者となった。
物語がこのような結末に至ったのは、私だけでなく、読者ひとりひとりが自らの「こころ」と折り合いをつけながら読むからだろう。秘密と告白、裏切りと贖罪、愛と孤独は混ざり合い、単純な答えを拒む。人の心は、常に静かな波紋を持ちつつ、深い闇を抱えている。
このようにして、『こころ』は、私という語り手を通して、先生という一人の人間の内奥へと深く潜っていく。海辺の出会いから始まった物語は、遺書という一点を中心に、私と読者の心に問いを投げかける。愛すべき人を前に、自分は何を選び、何を捨て、何を語らずに生きるか。私たちはその問いから、容易に逃れることはできない。
私は今、静かにこの物語を閉じる。しかしあの日の鎌倉と、先生の遺書の余韻は、私の胸に長く残り続けるだろう。そして、あなたがこの物語を読むならば、どうかその余白を、あなた自身の「こころ」で満たしてほしいと願う。

フォトエッセイ「Pat Metheny – And I Love Her」
フォトエッセイ「雨の夕暮れ野分 – 夏目漱石」
パット・メセニーに心を傾けるあなたへ
初めてパット・メセニーの音に触れたとき、あなたはどんな風景を思い浮かべましたか?
遠く霞む地平線、風に揺れる草原、あるいは、まだ見ぬ街の夜明け。
メセニーのギターは、ただの楽器の音ではなく、心の奥深くに眠る記憶や感情を静かに呼び起こします。
それは言葉では届かない場所に、音だけが届いてしまう、魔法のような時間です。
ジャズという枠を越え、彼の音楽はジャンルの垣根を曖昧にしながら、人と人の心の境界さえも溶かしていきます。
明るく、広がりのあるメロディの裏に、時に切なく、どこか哀愁を帯びた響きがある。
その両面性こそ、パット・メセニーの音楽が長く愛されてきた理由のひとつでしょう。
彼の音を聴いていると、日常の中に隠れていた美しさや、小さな感動に気づかされます。
“Letter from Home” や “Are You Going with Me?” を聴くとき、私たちはどこか遠くの、でも確かに“帰るべき場所”を感じるのです。
それは、現実逃避ではなく、現実をもっと豊かに生きるための“心の旅”かもしれません。
ファンであるあなたもきっと、音楽という旅の中で、自分自身と静かに向き合う時間を得てきたことでしょう。
その感性は、メセニーが大切にしてきた“感じること”と強く響き合っています。
メセニーの音楽は時に複雑で、即興的で、自由そのものです。
でもだからこそ、聴くたびに新しい表情を見せてくれる。
昨日と同じ曲でも、今日聴けば違って聴こえるのは、あなた自身が日々変わり続けているからです。
彼の音は、そんなあなたの変化さえも肯定してくれる。
「今のあなたでいい」と、ただ音だけで伝えてくれるのです。
パット・メセニーに心を傾けるあなたは、もうすでに、音楽と深く対話できる人です。
これからも、そのまっすぐな耳と心で、世界の音に優しく触れていってください。
そしてまた、新たなメセニーの一音に、心を震わせてください。

フォトエッセイ「Pat Metheny – And I Love Her」
フォトエッセイ「雨の夕暮れ野分 – 夏目漱石」