二元論に持ち込む愚

15年くらい前になるのかな・・、サッカー・ワールドパップ決勝でフランスVSイタリアというのありました。 私にとってはどちらも好きなチームだったので、決勝ということもあって、それなりに楽しめた試合になりました。 ただ、どちらの側に肩入れすることもなく観ていたので、モチベーションは上がりませんでした。 

今回のウクライナの件では、ほぼ100%の人がウクライナ頑張れ!コールになってます。 ウクライナが善でロシアは悪という構図。 サッカーなら敵と味方という二元論で観戦する方が力が入りますが、侵攻であれ侵略であれ、戦争を善悪の二元論で語るのはあまりに安易すぎますね。 皮肉を込めて言わせていただけば、あのような惨状を目の当たりにしても、二元論に持ち込んで”盛り上がりたい”のでしょうか。

プーチンを”狂人”にしてはならない理由

プーチンを”狂人”にしてはならない理由

プーチンを”狂人”にしてはならない理由

狂人がやらかした‥ということにしてしまうと、思考がそこで止まってしまい、事態が起こった原因や今後の予防策を考えないようになる。

KGB出身ですから、政敵を潰すことためには手段を選ばない。 残忍ではあっても狂人ではない。 これだけの戦禍にありながら、ロシアからウクライナを通って西ヨーロッパに向かう天然ガスパイプラインは、全く無傷ですし、ヨーロッパにとっては死活問題でもある天然ガスやオイルは現時点ではとめてません(支払いはルーブルでしか受け取らない‥とか言って、マクロンとはもめてますが)。

帝政時代からそうなのですが、ロシアという国は強権を振るう指導者(独裁者)にしか、国を纏められない。 近代では、ロマノフ王朝、ロシア革命後のレーニン、スターリン、そして、現在のプーチン。 ロシア人の民度、多くの国と国境を接してるという地政学的な問題からなのでしょう。

Be tied : 「縛りの世界」への試み

必然性を形に出来るか?

必然性を形に出来るかどうか?

これは、モデルにとってもっとも勝負所であり、

フォトグラファーにとっても、

その必然性を撮りきれるか?どうかが問われるわけです。

こういう縄を使った撮影は、

モデルにとっては、動きやポーズに制限(縛り)がある分、

必然性は創りやすいと思います。

フォトグラファーの私にとっては、

縄の配置など、絵画を線描写するような難しさがありますが。

Be tied : 必然性を形に出来るかどうか?

Be tied : 必然性を形に出来るかどうか?

必然性を形に出来るかどうか?

これは、モデルにとってもっとも勝負所であり、

フォトグラファーにとっても、

その必然性を撮りきれるか?どうかが問われるわけです。

こういう縄を使った撮影は、

モデルにとっては、動きやポーズに制限(縛り)がある分、

必然性は創りやすいと思います。

フォトグラファーの私にとっては、

縄の配置など、絵画を線描写するような難しさがありますが。

”縛り”というより”縄のアート”

新たなコンセプトというか、アイディア

ここに写っているモデルさんとは、次回はもっと踏み込んだ撮影をすることを約束しました。今から、楽しみですね、でも、新たなコンセプトというか、アイディアを生まないとね。・・

Be tied : 必然性を形に出来るかどうか?

カラーで撮る場合と、白黒で撮る場合はセッティング

縄を使った撮影は、カラーで撮る場合と、白黒で撮る場合はセッティングを替えないと・・と考えてます。

新たなコンセプトというか、アイディア

Be tied : 女体と縄の絡み

女体と縄の絡みというのは、抽象絵画と同じようなところがあって、体の線と縄がアート的に絡み合ってるどうか?というところが決まりてとなりますね。 撮影時には、モデルさん任せにせず、女体の造詣と縄の絡みを考えて、時間をかけて創り込んでいかないと・・と思いました。

カラーで撮る場合と、白黒で撮る場合はセッティング

縄の存在感と縄の写り込みを考えてセッティング

縄の存在感と縄の写り込みを考えてセッティングを工夫しないとね・・

Be tied : 女体と縄の絡み