”魅惑の顔” 組み合わせの妙から生まれる

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この人の「顔」がとても魅力的なので

”顔分析”をしてみます

先ずは、パーツから全体分析まで・・

眼は一重で、女性としてはかなりきつく

とてもじゃないが愛らしい目とは言えない

鼻は、これと言って存在感はない

口はと言えば、セクシーではあるが

可愛らしいとは言い難い

そして、顔の外形は卵型ではなく

男っぽく、角ばっている

・・こういう風に書いていくと、悪口ばかりになるが

僕はこの顔が好きだし、愛おしい

顔と言うのは

パーツでみれば整ってはいるが

全体の印象に魅力的な感じがしない例は多い

・・例えば、科捜研の沢口靖子とか。

ところが、この人の顔は

パーツでみれば欠点だらけなのに

とてもかっこよく魅力的なのだ

”組み合わせの妙”というのがあるのだろう

アンジョリーナ・ジョリーの若いころの顔を思い出せるかな?

部分的には美人とは程遠いのだが

その印象は、とっても魅力的な顔であった

ミック・ジャガーの話まですると怒られそうだから

止めておこう

絶妙な組み合わせ、(化学反応と言っても良いかもしれない・・)

・・から生まれる”魅惑の顔”

こうして、ここに載せられるのは

本人(モデル)は嫌がっていたが

僕が頼み込んで被写体となってもらったからで

僕の目に狂いはなかったね。

Photo-model : Mai 8

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この人の撮影はけっこう難しかった

本人が写真慣れしたないこと

撮られるのが苦手なことがあるのでしょう

被写体の”リズム”が掴めないと

シャッターを切るタイミングが合わない

ちぐはぐしてしまうんです

こちら側も、ポージングなどの注文は一切してない

(言っても、出来そうにないから)

終始、自然体を徹してもらった。

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「ここの上下の画像」・・今回の飛び切りの2枚!

ただ,立ってるだけなんだけどね。

Photo-model : Mai 7

生き方を、私の側に引き寄せることはできないのだろうか。

生きることに、不器用さを感じる瞬間がある。
朝、起きること。顔を洗うこと。服を選ぶこと。誰かに挨拶すること。
何でもないはずのことが、ときに重たく感じられて、呼吸が浅くなる。
世の中には、こういうことを何でもない顔でこなしていく人がいる。
軽やかで、柔らかで、流れるように生きているように見える人たち。

それに比べて、私はいつもぎこちない。
会話のタイミングがつかめなかったり、言いたいことが喉でつかえたままだったり。
周囲に合わせようとして疲れてしまう。
帰り道に、一人になってようやく息をつける。
そんな日々が、いつの間にか当たり前になっていた。

でも、ふと思うのだ。
生きることに不器用なのは、私だけではないはずだ、と。
うまく話せない人。目を見て笑うのが苦手な人。
人の多い場所で、ひとりでいることに安堵する人。
そういう誰かが、たしかにこの世界にいるはずだ。
姿は見えなくても、きっとどこかで同じように息を整えている。

そうであるならば、
生き方というものを、自分の側に引き寄せることはできないだろうか。

たとえば、人混みが苦手なら、静かな場所で過ごす時間を大切にしてもいいのではないか。
たとえば、人と話すのが苦手なら、手紙や文章で心を伝えてもいいのではないか。
たとえば、毎日がしんどいなら、週に一度だけ「今日はよくやった」と自分に言ってあげてもいいのではないか。

誰かの“正解”を借りて生きるのではなく、
自分の“不器用”を出発点にして、生き方を組み立てていく。
それは、遅くて、まわり道で、つまずきの多い道かもしれない。
けれど、確かに「私の歩幅」に合った道だ。

少しずつでいい。
「生きていく」ということを、「生きやすくする」という方向に。
他人の枠の中で苦しむのではなく、自分に合う空間を育てること。

そうして、少しずつ、生き方が私の方へ近づいてくる。
あるいは、私が私のままで生きていいと思える場所が、どこかで少しずつ形になってゆく。

それを信じて、今日もまた、自分のペースで歩いていこうと思う。
不器用なりに、静かに、確かに。

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