「悲しみの器を持つ者は、それだけ深く喜びを注げる」

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「悲しみの器を持つ者は、それだけ深く喜びを注げる」

当時はその意味が分からなかった。ただの綺麗ごとに聞こえた。でも今なら、ほんの少しだけ、その言葉の重みを理解できるような気がする。悲しみや不安を知っているからこそ、喜びや安心がどれほど貴いかを感じることができる。欠けているからこそ、満たされることの温かさが際立つ。

思えばこの数年、私は多くのものを失った。友人との距離、信じていた価値観、未来への確信。何かを失うたびに心は痛み、空洞が広がっていった。そのたびに私は、「強くならなければ」と言い聞かせていた。でも、強さとは何だろう。何も感じないことが強さなのだろうか。心を閉ざすことが、自分を守る術だったのだろうか。

今の私は、むしろ逆だ。脆くても、感情に流されても、ただそこに立ち止まって自分の声を聞くこと。そうすることでしか、自分という存在を取り戻せなかった。心がざわめくままに、自分の影と向き合うこと。逃げずに、怖れずに、そのままの私で在ること。それが、静かに私を満たしてくれるのだ。

もちろん、完全な安らぎではない。不安は常にあるし、明日のことを考えると胸が重くなるときもある。でもそれでもいいと思える自分が、確かにここにいる。完璧じゃなくても、足りなくても、私は私のままで存在していい。そう思えた瞬間、心のどこかに柔らかな光が差し込んだようだった。

私は紅茶を飲み干し、空になったカップを眺めながら、静かに微笑んだ。満たされたという感覚は、何かが“ある”からではなく、“あるがままを受け入れた”ときに訪れるのかもしれない。どんなに手を伸ばしても届かないものがあることを知っているからこそ、今ここにあるささやかな温もりに気づける。

秋の風が再び窓を揺らし、葉が一枚、音もなく落ちていった。
その光景の中に、私は自分自身を見ていた。

憂いの中にいる私。
けれど、それでも確かに満たされている私。

この矛盾のような静けさの中で、私は今日も、生きている。

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黒猫暦 9

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020

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