接写という距離――近づくことで生まれる沈黙の密度

接写という距離――近づくことで生まれる沈黙の密度

接写で撮られた写真は、「見る」という行為を量的にではなく、質的に変化させる。距離が縮まることで情報は増えるように見えるが、実際には逆だ。画面から全体像が失われ、身体は断片となり、意味は曖昧さを帯び始める。女性ヌードを接写で捉えるとき、写真は描写から思索へと移行する。

背後からの全身像が「距離の倫理」を語るとすれば、接写は「近づきすぎることの緊張」を内包する。肩口、首筋、背中の一部、あるいは髪が肌に触れる境界。そこにはもはや人物像は存在しない。あるのは、皮膚の起伏、毛髪の線、光の粒子だけである。見る者は「誰か」を見るのではなく、「現象」を見ている。

接写における光と影は、極端に繊細でなければならない。わずかな角度の違いが、質感を生かしも殺しもする。強すぎる光は説明的になり、弱すぎる光は形を失わせる。理想的なのは、光が触れているのか、触れていないのか判別できないほどの曖昧な照度である。そのとき、肌と髪の境界は溶け合い、身体は物質であると同時に抽象へと変わる。

接写で撮られた髪は、もはや装飾ではない。一本の線として、あるいは影の集合として存在する。肌に落ちる影、光を反射する先端、わずかな乱れ。そのすべてが、時間と重力の痕跡を語る。顔も姿勢も見えないにもかかわらず、そこには確かな「生」が感じられる。むしろ、情報が削ぎ落とされたからこそ、生命の密度が高まるのだ。

重要なのは、接写が決して支配的な視線にならないようにすることである。近づくという行為は、容易に侵入へと転じる。しかし優れた接写は、踏み込みながらも触れない。ピントの浅さ、画面外へと逃げる線、切り取られたフレームの不完全さが、見る者に距離を思い出させる。ここでの官能は、所有ではなく、緊張として存在する。

接写のヌードは、身体を語らない。身体が在った痕跡だけを示す。
見る者は、その断片をつなぎ合わせようとして、気づく。全体像は、どこにも用意されていないということに。だからこそ、この写真は長く記憶に留まる。理解できないものとして、ではなく、考え続けてしまうものとして。

近づくことで、見えなくなる。
接写とは、その逆説を最も静かに、そして深く体現する方法なのである。

光と影の競演 9

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020

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