フォトエッセイ「雨の夕暮れ☂野分 – 夏目漱石」

雨の夕暮れと『野分』——夏目漱石の筆が描く人間の脆さ

雨が静かに降る夕暮れ、灰色に染まった空と濡れた街並みの中を歩いていると、ふと夏目漱石の小説『野分』が思い出される。『野分』は、嵐が通り過ぎた後の空気の変化や人々の心の揺れを鋭く描いた作品だが、その空気感はまさに、雨の夕方の情景と重なるものがある。

漱石の『野分』に登場するのは、文明開化の波に晒される明治の青年たちである。彼らは学問や理想に燃える一方で、現実の社会や人間関係に戸惑い、内面に深い孤独や葛藤を抱えている。特に主人公・弘中が抱える「理想と現実の乖離」は、まるで雨にけぶる街の風景のように、どこかぼやけて掴みどころがない。

夕暮れという時間帯は、昼と夜の狭間にあり、光が消えてゆく一瞬の美しさと、暗闇が忍び寄る不安を同時に孕んでいる。漱石は、そのような「狭間」の感覚を、人物の心理描写に巧みに織り込んでいく。『野分』の中でも、人間の信念や友情、倫理といったものが、突風のような感情の揺れや社会の圧力によって、いかに簡単に崩れていくかが描かれている。これはまさに、雨に打たれてしおれていく草花のようだ。

また、漱石は自然描写を通して人間の内面を照らし出す名手でもある。『野分』という題名からも分かるように、自然の力が人間の心や行動に与える影響が、この作品の大きなテーマだ。暴風が木々をなぎ倒し、空をかき乱すように、人間の心もまた、外的な力に簡単にかき乱されてしまう。雨の夕暮れもまた、人の心を沈ませたり、逆に感傷的にしたりする力を持っている。

『野分』を読むと、漱石が単なる道徳の問題や社会批判を超えて、「人間とは何か」「強さとは何か」という普遍的な問いを投げかけていることに気づく。雨の音に耳を澄ませながら、そうした問いに自分なりの答えを探したくなる。夕暮れの雨は、人間の弱さや曖昧さを優しく包み込み、しかし決して誤魔化すことなく、ありのままに映し出す鏡のようだ。

雨の夕暮れに『野分』を思い出すのは、きっとそこに、「壊れやすい心を見つめるまなざし」が共鳴するからだろう。漱石が描いたのは、嵐の後に立ち尽くす人々の姿、そしてその背中に静かに降る、冷たくもどこか温かい雨なのだ。

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020

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