フォトエッセイ「白い雪に覆われた道を歩く」

白い雪に覆われた道を歩く

雪の降り始めた日の静けさほど、心に沁み入るものはない。

夜が明けきらぬうちから、空は灰色の雲を抱き、何かを語るようにして地上へと白い言葉を落としてくる。初めは気づかぬほど小さく、頼りなく舞い降りるそれらの結晶が、時間の重なりとともに確かな存在となり、やがて世界をまるごと包み込んでしまう。音を吸い込み、色を消し、過去を覆い隠して、ただ白だけが支配する空間が立ち現れる。

私はそんな朝、わざわざ遠回りをして、人気のない裏道を選び歩く。そこは人も車も通らぬ、古びた畦道で、夏には草が生い茂り、秋には落ち葉が舞い、冬にはこうして雪に埋もれる。まるでこの道だけが、時の外にあるかのような錯覚を覚える。足元を確かめるように、一歩一歩、雪を踏みしめていくたびに、過去の記憶がふいに胸の奥で目を覚ます。

白い道を歩いていると、ふと思い出すのだ。あの男の背中を。

有島武郎の『カインの末裔』に登場する、罪を背負いながらも、生きることにしがみついていたあの男。彼は、何を思いながら、雪に閉ざされた大地を耕していたのだろう。寒さに震える家族を背に、見通しも希望もない労働に身を沈め、それでも生き続けることを選んだ。誰に認められるわけでもなく、報われることのないその日々は、まるで神から見放された者の苦行のようであった。

彼の歩いた道もまた、雪に覆われていたのではないか。

雪はすべてを覆い隠す。傷も、血も、涙も。まっさらな白は、人間の罪さえも一時的に忘れさせる。それは慰めであると同時に、残酷でもある。なぜなら、雪の下には確かに傷跡があり、痕跡があり、踏み固められた道があるのだ。雪はそれを隠し、やがて春が来れば暴き出す。隠したつもりのものが、また陽のもとに晒される。だからこそ、白い雪の道を歩くたび、私は心の奥に沈めた記憶と向き合わされる。

子供のころ、祖父の家の近くにも、こうした雪の道があった。冬になると、誰も通らぬあぜ道をひとり歩くのが好きだった。静けさのなかで、自分の足音だけがはっきりと聞こえる。それはまるで、自分の存在を確かめるための儀式のようでもあった。幼い私は、その白の静寂に安らぎを覚えると同時に、説明のつかない不安も感じていた。まるで、白の底には何か得体の知れないものが潜んでいるかのような恐れ。今にして思えば、それは「孤独」という名の感情だったのかもしれない。

孤独は、誰の人生にもひそんでいる。それは社会的に成功していても、家族に恵まれていても、消えることはない。むしろ、それらの「満ち足りたもの」の裏側にこそ、深く静かに横たわっている。

雪の道を歩くとき、人はその孤独に向き合わざるを得ない。誰もいない、音もない、ただ白い道がどこまでも続いている。そこに足跡を刻むたび、自分がこの世界にたったひとりで在るという感覚が、鋭く胸を刺す。それでも私は、その道を歩きたいと思う。なぜなら、孤独と向き合うとき、人は最も誠実な自分に出会える気がするからだ。

『カインの末裔』の男もまた、きっと孤独であったはずだ。彼は人の道から外れ、罪を背負い、それでも生き続けた。その背中に、私は人間のどうしようもなさと、それでも消えぬ希望を感じる。人は罪を犯し、過ちを重ね、時に誰かを傷つける。けれど、そうした愚かさのなかにも、なお生きようとする意志がある。雪に覆われた地を耕すという、果てしなく報われぬ行為のなかに、人間の尊厳が宿っているように思える。

私たちは皆、雪に覆われた道を歩いている。誰にも見られず、誰にも知られず、ただ黙々と足跡を刻む。その道はときに厳しく、行き先も見えない。それでも進むしかない。なぜなら、足を止めれば、雪に呑まれてしまうからだ。

そして、ふと思うのだ。歩き続けたその先に、ほんのわずかでも、誰かが自分の足跡を見つけ、「ここを誰かが歩いた」と思ってくれるのなら。それだけで、人生は少しだけ報われるのではないかと。

雪はすべてを覆い、すべてを無にする。しかし、だからこそ、人が残すものは美しい。足跡も、声も、記憶も。白い雪のなかにそれらが刻まれるとき、世界は少しだけ温かさを取り戻す。

今日もまた、雪が降る。

私は静かにその道を歩く。過去を踏みしめながら・・・

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020

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