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【いのちを信じるということ】
私にとって 美しい というのは
生死をかけた いのちを感じさせるもの。
重苦しくなく、発見やユーモアがあり
かつ 尊厳に満ちている。
野生と洗練のバランスの中で生まれたようなものが
好きだと思う。
チャップリンの映画がふと浮かぶ。
今日は、初心にかえる場所を訪れた。
初産以前、学生のときから感銘を受けてきた
旧吉村医院のご縁。
母としての自分を、いたわり、抱きしめなおす場所。
子どもたちが思春期に入り、難しさが変化してくる。
各々の世界が広がり、複雑になり
興味関心もそれぞれで、
とても全員をフォローしきれない。
迷いは、子どもも敏感に感じ取ってしまう。
ここ2ヶ月ほどは、心身の調整期間として
みんなで 気持ち良い笑顔を取り戻してきたところ。
リセットモード。
今日は、夢からも
過去許せなかったことが3つほどフツフツ上がってきた。
ああ、まだ許してないままだったのか。と第一段階。
その人らを、それを、無理に許さなくても良い。
気にしなければよい。
離れたら良い。第二段階。
しかし、そこに重ねた自分の過去は許そう。
と、第三段階。
自分ごとにできて、腑に落ちた。
あらわれ は すべて鏡。
自分の激しさや、厳しさや、残酷さ、執着なども
軽く流せば良いだけだ。 かるくなろ。
そう車で受け止めて、懐かしい人たちの元へ向かった。
無痛分娩や帝王切開などが増えたらしい一方で
助産師さんたちと産む道を選ぶ人もいる
からだの力を高め、母子の生命力を信頼し
薬や医療的介入を極力つかわずに
生き物としての お産を味わう。
シビアな場面での判断で、先端技術に頼ることもある。
どんな産み方でもいい。
自分が産む。その子が生まれてくる。
という意識をもっているかどうか。が
人生観、育児観の大きな違いになってくる。
病院に産ませてもらうのではない。
誰かのせいにしない。
何が起きても
はじめからコントロール外のことなのだと。
受け止められる心があるかどうか。
それが、育児全体の姿勢にも反映してくる。
根底にある
いのちを信じる。
自然そのものの 肉体を信じる。ということ。
あるいは
いのちは コントロールしたり
思い通りになるものではない。
そういう思想に支えられている
#日本文化 あるいは、いのちや宇宙の物語は
#お産 に凝縮されている。
と、、小さいころから信じていた。
性のものがたりに夢中だった。
ああ。。つい熱くなってしまうけど、
何が言いたかったかというと
あんなに美しく見事に生まれてきた我が子たちが
どうにかこうにか ならないわけがない!
この期に及んで、何を不安がることがあるのか。
いのちとして、宝くじの比ではない確率で誕生して
それぞれの感性を保って 大きく育ってきた。
いまさら、何をこれ以上望むのだ。
私には私のすべきことがある。
できる限りのフォローはするが、
それ以上構ってられないわよ。背中でもみとけ。
くらいで、いこって。
ぼんやりぼんやりしながら、自分に喝を入れた。
私も子どもたちも どう育つのか
共にゆっくり見届けよう。
生まれてくれてありがとう。
支えてくれているすべてに ありがとう。
Eesay : #artmodelkei
@tetsuro_higashi work
@halcyon.kei words
#artmodelkei

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