オスプレイ、街に墜落していたら‥の報道

オスプレイ、街に墜落していたら‥の報道

こういう報道というものは左翼系メディアが意図的に

「危険だ、危険だ・・」と煽ってるだけで、

パイロットは、被害を最小限にするために墜落地点を市街地を避けたに決まっているので、その辺の報道が全くされてない。

自分のいるところに落ちてきたらどうしよう、こんなに危険なことはないと市民にインタビューして話させているが、確率的には自分が被害にあうのはほぼ0に近いわけで、宝くじで1億円当たる確率以下のあり得ないことなのですよ。 それをあたかも、やばいやばいと煽るのは、メディアとは偏向報道そのもので、報道をするものほとんどは文系の人たちで、本当に数学に弱いというか、マスゴミそのものだね。

頑張りの遺伝子 神はずいぶん不平等に人を創った

アメリカの最近の研究では、頑張りの遺伝子というものが見つかって、足が速いとか、背が高いとか・・とかは遺伝するものと誰もが思っていたわけで、でも、「頑張りの遺伝子」まであるというのら、神はずいぶん不平等に人を創ったものだと思うわけです。

遺伝子が、物理的なところに介入してくることは分かるが、精神的分野まで関わってくるとなると、いろいろとバカバカしく思えるのは僕だけだろうか・・

貴重な感性を具現化していない

作品撮りというのは「モデルと私にコラボ」だということは私にとっては永遠の命題のようだ。 これだと思う作品を生み出すには、私の力だけではどうにもならない「運」に左右されることも致し方ない。 これまで、多くの大切な機会を与えられて、その中でどれほどまでに実現できたのか、失敗しているのか、その過程は定かではない。 失敗したことはたくさんあるのだろうが、その多くは忘れ去られ、上手くいったときのみを過大評価してきたのかもしれない。 貴重な感性を具現化していないような気がしてならない。 それは、絵画であれ写真であれ・・

生きることは厄介だし、難しい

今、私は人生最大の岐路に立たされているような気がしてならない。 50年続けてきた仕事に終止符を打つかどうか、迷っている。 諸事情あって、自分が望むようにはなかなかいかないこともあるし、お金の問題も絡んでくる。 私の残された時間も限られていることも承知している。 やりたいことをやり切ってこの世を旅立ちたいと考えていることが、どうも思い通りにはいきそうにない。 一度でもよい時を味わってしまうと、その時のことを忘れられず、再度その状況を再現したいと渇望する。 自分がこうありたいと思うことが現実化しないと、焦りと共にある種の失望感も出てくる。 何歳になっても、生きることは厄介だし、難しい。