「少女は午後の遅い時間、家の裏手にある草原にひとりで立っていた」

少女は午後の遅い時間、家の裏手にある草原にひとりで立っていた。彼女は黒い髪を肩甲骨のあたりで切り揃えたばかりで、その先端がわずかに光を反射している。草原には背の高いススキが風に揺れ、その隙間から陽光が降り注いでいた。彼女の白いシャツは光を吸い込むように明るくなり、袖口を握る手が微かに震えている。

「どうしてここにいるの?」と声をかけられたら、彼女はなんと答えるだろう。だれかに説明するための理由などない。ただ彼女は、何もかもが明るすぎる部屋を飛び出してきただけだ。無数のガラスと鋼鉄の匂い、冷たく無機質な時間、それらから逃れるために、彼女はこの草原に来た。

風が彼女の顔を撫でる。光が肩に降り注ぐ。彼女は両手を少しだけ広げ、目を閉じた。その瞬間、空気の粒子が肌に触れるのを感じた。微細な砂金のように、光が彼女の皮膚に散らばる。体温と光が交わり、輪郭が薄く溶けるような錯覚を覚える。

彼女が見つめる景色は、動的な抽象画のようだ。ススキが風に揺れるたびに形を変え、陽光が影を切り裂く。彼女はその全てを、目を閉じたままで感じ取っていた。見えない音が彼女の耳に届く。遠くで鳥が鳴く声、風が枝をすり抜ける音、そして自分自身の心臓が微かに鼓動する音。

一瞬、彼女は自分が何者でもないような気がした。名前も、過去も、未来もない。ただ風と光の中に溶け込む存在。その感覚は、彼女に恐怖ではなく安堵をもたらした。何も背負わない自由な瞬間。それは、彼女がまだ生きている証のように感じられた。

しかし、それも長くは続かない。太陽が傾き、影が長く伸びる。光の粒子が減り、空が青から橙に変わる頃、彼女はゆっくりと目を開けた。草原の端にある小道を辿れば、また日常が待っている。彼女はそれを知っていた。それでも、この場所にいた時間が彼女にとって特別なものであることも、同時に確信していた。

一歩踏み出すたびに足元の草が音を立てる。彼女の背後でススキが風に揺れる音が静かに響く。少女は振り返らない。ただ、光をその身に浴び続けた肌の感覚だけを確かめながら、ゆっくりと歩き出した。