フォトエッセイ「風のない午後、レンズ越しの君へ」

photo : Shinji Ono

風のない午後、レンズ越しの君へ

風のない午後だった。雲ひとつない空は、どこか現実離れしたほどに静まり返り、遠くの犬の鳴き声さえ、時間の狭間から滲んで聞こえてきた。

僕はいつものように、ファインダーをのぞいていた。レンズの向こうには、彼女――若く、しなやかで、そして今この瞬間しか生きていないような、そんな光を身に纏った彼女が立っていた。

歳の差は歴然だった。僕はもう初老という響きがしっくりくる年齢に差しかかっていた。若い頃は、この瞬間が遠い未来のように思えていたが、気がつけば、髪には白いものが混じり、無理のきかない身体とともに、日々を少しずつ諦めながら過ごすようになっていた。

それでも、いや、だからこそなのかもしれない。彼女を撮るとき、僕の中で時間が少しだけ巻き戻る。正確には、巻き戻るのではなく、「時間の流れから一時的に解放される」と言った方が近い。

それは救いだった。

だが同時に、深く胸を締めつける痛みでもあった。

彼女との出会いは、偶然だった。友人の紹介でスタジオにやってきた彼女は、プロのモデルというわけではなかった。写真を撮られることに慣れていないどころか、どこか所在なさげにシャッターの音に戸惑っていた。

だが、僕はすぐに気づいた。彼女の持つ、言葉では言い表せない”何か”に。

それは美しさとも違う。表現力や演技力とも違う。もっと原始的な、「存在の光」とでも呼ぶべきもの。若さの放つ残酷で鮮烈な輝き。生命の只中にいる者だけが、無意識に纏っている、あの煌めき。

ファインダーを通して彼女を見つめるたび、僕の中で何かが静かに崩れていくのが分かった。これは、写真家としての衝動か。それとも、ひとりの男としての愚かさか。

その違いが、もう判然としなくなっていた。

撮影が終わると、彼女はいつも笑顔でありがとうと言って帰っていく。その背中を見送るたび、僕の中に静かに積もっていくものがあった。

それは「想い」と呼ぶにはあまりに脆く、けれど「欲望」とは言い切れないほどに純粋で、どこにもぶつけようのない感情だった。

未来がないことは、初めから分かっていた。

彼女には彼女の時間がある。彼女はこれから恋をして、愛され、傷つき、成長していく。その長い時間の中に、僕の居場所はきっとない。せいぜい記憶の片隅に、ぼんやりとした影のように残るくらいだろう。

だが、それでもいい。ほんの一瞬でも、彼女の「今」に触れることができた。その奇跡だけで、僕の心はどこか報われていた。

だから、僕はシャッターを切り続けた。

写真には、未来は写らない。過去も写らない。

ただ、今この瞬間しか、そこには刻まれない。

そしてその「今」が、僕にとっては何よりも貴重なものだった。

彼女を撮るとき、僕は極力言葉を交わさないようにしている。いや、交わせないのだ。言葉にしてしまえば、この感情は壊れてしまう気がするから。

何かを求めているわけじゃない。ただ、カメラという距離を隔てながら、その向こう側にいる彼女の存在を、焼き付けておきたかった。

この世界に、確かに彼女がいたということを。
そして、彼女を見つめた自分という存在が、たしかにここにいたということを。

記憶は曖昧になる。やがて僕が死ねば、すべては消えていく。
だが、写真だけは残る。

写真だけが、その一瞬の交差を、時を超えて留めてくれる。

それがどれほど儚く、無力な行為だとしても、僕にはそれしかできなかった。

ある日、彼女がふとこんなことを言った。

「この写真、どこか寂しそうですね。」

僕は答えなかった。

本当は、寂しいのは写真ではなく、僕の心だった。
けれど、それを彼女に伝える理由も義務もない。

むしろ、彼女にそれを背負わせることこそが、最も避けるべきことだった。

だから僕はただ笑って、シャッターを切った。

その一枚には、確かに彼女の言うとおりの「寂しさ」が宿っていた。
だがそれは、彼女が感じた「寂しさ」ではない。
それは、写真家としての僕の、そして男としての僕の、ひとつの終わりのような感情だった。

人は誰しも、時間の流れに逆らえない。若さは過ぎ去り、身体は衰え、やがて記憶すら薄れていく。

だが、写真はそこにとどまってくれる。彼女の笑顔も、沈黙も、微かな頬の赤みも。

そして僕の、言葉にできない愛しさも。

未来を共にできないからこそ、僕は今を必死に焼きつける。
今、この瞬間だけは、確かに僕たちは同じ場所に立っている。
その奇跡を、何度も、何度も。

風のない午後の、静かな光の中で。
レンズ越しの君を、今日も僕は見つめている。

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Tetsuro Higashi

I was born and brought up in Tokyo Japan. Now I teach mathematics . At age 20 I took up painting. I took up taking photos before 5 years. I have learned taking photos by myself . I grew up while watching ukiyo-e and have learned a lot from Sandro Botticelli , Pablo Picasso. Studying works of Rembrandt Hamensz . Van Rijn, I make up the light and shadow. * INTERNATIONAL PHOTO EXPO 2015 / 26 February ~ 31 March Piramid Sanat Istanbul, Turkey * World Contemporary Art 2015 Nobember Piramid Sanat Istanbul, Turkey * Festival Europeen de la Photo de Nu 06 ~ 16 May 2016 Solo exposition at palais de l archeveche arles, France *2016 Photo Beijing 13~26th October *Sponsored by Tetsuya Fukui 23 February - 02 March 2019 Cafe & Bar Reverse in Ginza,Tokyo,Japan *Salon de la Photo de Paris 8th – 10th – 11th 2019 directed by Rachel Hardouin *Photo Expo Setagaya April 2020 in Galerie #1317 *Exhibition NAKED 2020 in Himeji    Produce : Akiko Shinmura      Event Organizer : Audience Aresorate December 1th ~ 14th  2020