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私は、私の物語を生きている
朝の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋の白い壁を淡く染めていた。目を覚ました瞬間、私は今日が特別な日であることを思い出した。
二十六歳の誕生日。
ベッドの上に座り、スマートフォンの通知を見る。友人や家族からのメッセージが並んでいたが、その中に彼からのものはなかった。
彼──優斗と別れて半年。もう連絡はしないと決めたのに、心のどこかでまだ期待している自分がいる。
「おめでとう、自分」
独り言をつぶやきながら、私は布団を剥ぎ、裸足のまま窓辺へ向かった。外の景色は、いつもと同じ東京の朝。ビルの隙間から見える青空が、どこまでも広がっていた。
この街で、私はどこへ向かおうとしているのだろう。
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「葵、最近どう?」
ランチタイム。同期の奈々がカフェのテラス席で、カフェラテを飲みながら私を見つめる。
「うん、まあまあかな」
私はフォークでパスタを巻きながら、曖昧に答えた。仕事は順調だし、生活にも困っていない。でも、心がどこか空っぽのままだった。
「またあの人のこと考えてるでしょ?」
奈々の指摘に、私は一瞬、動きを止める。彼女の鋭さにはいつも驚かされる。
「……そうかもね」
優斗とは三年付き合った。けれど、彼が海外転勤を決めたとき、私は一緒に行く勇気を持てなかった。彼は私を責めなかったが、私の心は不安定なままだった。
「葵は、何がしたいの?」
奈々の言葉に、私はふと立ち止まる。何がしたいのか。それがわかっていれば、こんなにも迷わないはずだった。
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仕事が終わると、私はふらりと小さな書店に立ち寄った。
木の香りがする落ち着いた空間。新刊コーナーに並んでいる本の背表紙を指でなぞる。すると、一冊の本が目に留まった。
『あなたの人生は、あなたの物語』
そのタイトルが、私の胸を鋭く突いた。ページをめくると、ある言葉が目に飛び込んでくる。
──「人生は、誰かの期待に応えるためにあるのではない。あなたがあなた自身の物語を生きるためにある」
私は息を呑んだ。
私の人生は、誰のものでもない。優斗のものでも、親のものでも、世間のものでもない。
私は、私自身の物語を生きるために生まれてきたのだ。
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翌朝、目が覚めると、私はすぐにパソコンを開いた。
大学時代、夢中になって書いていた小説。社会人になってからは遠ざかっていたが、本当はずっと、書くことをやめたくなかった。
キーボードの上で指を躍らせる。言葉が、まるで待っていたかのように溢れ出す。
「私は、私の物語を生きている」
そう打ち込んだ瞬間、心の中で何かがはじけた。
私はもう、過去に囚われない。
私の物語は、これから始まる・・